19. Harvard Depository見学

 7月にご紹介した、ハーバード大学の保存書庫、Harvard Depositoryを実際に訪問・見学する機会を得ました。
 Harvard Depository(以下、HD)があるSouthboro Campusは、大学のメインキャンパスであるハーバードヤードから西へ約40km、車で30分ほどの郊外に位置しています。ここには各図書館の蔵書のうち、利用頻度の比較的低いものが納められています。欲しい本がある利用者は、OPACの検索結果画面で自らリクエストを送ることができ、翌日には指定した図書館で受け取ることができます。

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 Harvard Depository
 http://hul.harvard.edu/hd/

 7.「Harvard Depository」
 http://www2.kulib.kyoto-u.ac.jp/harvard-diary/?p=24

 HDの最初の書庫がオープンしたのは、1986年。需要に応じて増設していけるよう、ユニット式の構造が採用され、その後、現在までに計6つの書庫ユニットが設けられています。地上3階建ての高さの建物の中に、高さ約9メートルのスチール製書架が並び、6書庫合計で約1120万冊の図書を収蔵することが可能です。ちなみに、近年多くの図書館が採用しているのは機械化された自動書庫ですが、このHDは自動書庫でも集密書架でもなく、固定式の書架を採用しています。HDのスタッフが専用のリフトを使って、直接棚から資料を出し入れします。各所蔵館のスタッフが資料にアクセスすることはなく、検索・出納を行なうのはHDスタッフのみです。

 このHDの最大の使命は、「資料を長期間にわたって保存すること」です。そのために必要な、安全で信頼できる保存環境作りのため、様々な努力がなされています。書庫内全体は年間を通して温度10℃・相対湿度35%に保たれており、急激な温度変化が生じることのないよう、常時監視されています。他にも、紫外線カットフィルター付きの蛍光灯、水漏れのないよう分厚いゴムで覆われた屋根、酸性物質の伝播を防ぐ中性素材の梱包資材、換気システムによるホコリの除去、さらに低温・低湿度のフィルム資料専用書庫など。書庫だけでなく、リクエストされた図書を各図書館へ配送するための運搬車内も、温度湿度管理がなされています。さらに、このHDで実際に資料を扱うスタッフは、事前に各種資料の適切な取り扱いについてのトレーニングを受けているとのことです。
 以上のような努力の結果、このHDで保管された紙資料の寿命は、典型的なオフィス環境における寿命の8倍にあたる、という見積りが学内の保存専門部署から出されています。また、HD内ではいわゆる”貴重書”の類を別置するということはせず、一般の図書と同じ扱いで保管しています。いずれにしろ完璧な保存環境だからだそうです。
 この資料と保存環境とを守る努力は、資料をHDに送る各図書館の側にも求められます。各館は、学内の保存部署が定めたガイドライン(「Transfer of Library Materials to the Harvard Depository」http://preserve.harvard.edu/guidelines/hdtransfer.html)に従って準備をしなければなりません。資料が特殊な形状であったり、壊れやすい状態にある場合には、封筒に入れる、箱に入れる、紙で包む、紐でしばるなど、それ相当の梱包が必要です。また、ほかの資料に悪影響を及ぼすことのないよう、ホコリやカビはあらかじめきれいにクリーニングされていなければなりません。カビの付着した図書が届いた場合、HDは所蔵館にその資料を返送するそうです。逆に、適切な梱包さえされていれば、壊れやすく過敏な状態にある資料はHDに送って保管されるべきであるということを、HD自身が推奨しています。

 もうひとつのHDの重大な使命は、「資料の検索・出納を可能にすること」です。スペースの節約のため、HD内の資料は請求記号・分類などをすべて無視され、サイズ別に仕分けられて棚に収められます。これらを検索し、必要に応じて出納するため、すべての資料にバーコードの貼付が義務付けられています。
 HDに到着し、サイズ別に仕分けられた図書は、資料を収める紙製のトレイに収められます。このトレイにもバーコードがついており、スタッフによって図書のバーコードとトレイのバーコードとがスキャンされ、専用のデータベースに登録されます。なお、スキャン時のミスや漏れを防ぐために、このスキャン作業は2度行なわれます。また、資料の混同や逸失を防ぐ目的から、ひとつのトレイ内に別の図書館の蔵書が混ぜられることもありません。さらには、資料の保全とスムーズな出納のため、ある程度の余裕を持たせた状態でトレイに詰められます。
 図書の収められたトレイは、リフトで書架まで運ばれ、スタッフの手によって棚に収められます。書架の棚ひとつひとつにもバーコードが貼付されており、トレイと棚のバーコードがスキャンされます。これらの作業によって構築されたデータベースを元に、資料の検索・同定・出納が行なわれることになります。
 「7. Harvard Depository」(http://www2.kulib.kyoto-u.ac.jp/harvard-diary/?p=24)でご紹介したように、利用者から図書のリクエストが届くと、そのバーコード番号を元に該当する図書が書架から取り出されます。通常であれば、リクエストの翌日(朝7時以前のリクエストなら当日)午後2時までに、指定された図書館にその図書が届けられます。緊急時には、即日に処理・配送されるサービスもあるようです。なお、返却された図書は、元あったトレイに収められます。

 以上のような、”保存”・”検索・出納”に対する厳しい品質管理のもと、現在約660万冊の資料が保管されています。このHDによる保存書庫の管理方法は、国際的にスタンダードなものとして認められ、イギリスやオーストラリアなどで採用されているそうです。
 実際に見学して強く感じたのは、このHDはあくまでも「本を活きたまま保存するための書庫」であるということです。決して、邪魔になったものを追いやるためのものでも、古い本を死蔵するためのものでもありません。必要な本はバーコード番号さえ判ればすぐに取り出される。どこに何があるかが確実に判る。狭い場所にぎゅうぎゅうに押し込まれるのではなく、ある程度の余裕を持って安全に収められる。通常の書架以上に適した環境が保たれ、資料の状態に合わせた梱包がなされる、といったような、最大限の配慮がなされています。
 それは、ハーバード図書館が、すべての本を現物として尊重し、それらは誰かに使われるためにあること、かつ永年にわたって守られなければならないものであることを、原則として認識していることの証ではないかと思います。

18. 居たくなる図書館 — ラモント図書館

 ハーバード大学のラモント図書館は、1949年、米国内で初めての学部生向け学習用図書館として設立されました。前回ご紹介したカフェ以外にも、学生のニーズに応える様々な設備・サービスを提供しています。

Lamont Library
http://hcl.harvard.edu/libraries/#lamont

●ノートPCの館内貸出
 ラモント図書館では、館内のみで利用可能なノートPC(全14台)の貸出サービスを行なっています。学部学生のみ、1回につき3時間まで。Microsoft Officeを搭載していますので、レポートやプレゼンテーションファイルの作成などもできます。また、館内のほぼ全域から無線LANにアクセスできるようになっており、ハーバードIDとパスワードを持っていればインターネットへのアクセスが可能です。さらには、その無線LAN経由で、館内のプリンターからプリントアウトすることもできます。プリントアウトは有料で、クリムゾンキャッシュ(学生証とそのIDにお金を入金しておき、学内各種サービスでの支払いが可能なシステム)で支払います。
 貸出は無料なのですが、返却が1分遅れるごとに2セントの罰金。24時間延滞すると、1500ドルが請求されます。

●コースリザーブ
 授業で用いられ、学生が必ず読んでおかなければならないという図書・論文について、図書館であらかじめ準備しておき、受講している学生に時間限定で貸し出す、というサービスです。
 学生は、MyHarvardと呼ばれる学内Webサービスに自分のIDとパスワードでログインし、受講しているコースのリザーブ資料リストを確認することができます。そのリストには、デジタル化されたものがあればそのファイルへの、なければ図書館目録へのリンクが貼られています。学生は自分に必要な資料を確認し、オンラインで読むか、ラモント図書館で受け取ります。
 リザーブされている図書は、受講している他の学生にも提供しなければならないため、1人あたり3時間までしか貸し出していません。ここでも1分遅れるごとに1セントの罰金が科せられます。

●24時間開館
 平日の24時間開館が始まったのは、2005年の秋からです。開館時間は、月−木:0:00-24:00、金:0:00-21:45、土:8:00-21:45、日:8:00-24:00。

24 hours in Lamont Library (Flash Photo Gallery)
http://www.news.harvard.edu/gazette/gallery/060209_lamont/index.html

 地下2階にあるレファレンス・デスクも、夜間のサービスを行なっています。月−木:9:00-23:30、金:9:00-17:00、土:10:00-17:00、日:13:00-23:30。
 なお、ラモント図書館のすぐ隣には、キャンパス内及びその近郊を走るシャトルバスの停留所があり、早朝から夜半まで運行しています。また、Harvard University Porice Departmentという学内警察組織によるCampus Escort Serviceもあります。

●リーディングルーム
 館内にはGinsberg Reading RoomとDonatelli Reading Roomの2つの大閲覧室があります。

Lamont Library : Carrels and study spaces (写真あり)
http://hcl.harvard.edu/info/study_spaces/index.html#lamont

 Ginsberg Reading Roomはカフェと同じ1階の奥のほうにあり、2階までの吹き抜けになっています。ただ、吹き抜けとはいっても、もともと1階・2階とも天井までの高さがそれほど低くなく、また床がカーペット敷きであることもあって、音が響いて騒がしいということはありません。床から天井まで届く窓が複数箇所あって、植木、ベンチや、ツタに覆われた赤煉瓦を眺めることができます。ソファ50席の他、キャレル(1人席)50席、2人席10席、4人席24席。学生の意見が反映されたというインテリアのデザインは、前回紹介したカフェと同じく、街中のコーヒーショップを思わせるものです。
 3階にあるDonatelli Reading Roomのインテリアも同じデザインですが、こちらはソファが10席程度で、キャレル60席、2人席40席。1階のGinsberg Reading Roomがくつろぎながら勉強するという環境であるのに対し、こちらはひとり静かに集中して勉強するための場所、という位置付けのようです。
 なお、院生向けの専門的な図書館によく見られるキャレル(1人席)のリザーブは、こちらでは行なわれていません。

 最後に、ラモント図書館が新入生に配布したガイダンス資料の中に、以下のような一節がありましたので、ご紹介しておきます。

“Students come to Lamont for lots of other reasons, though: to congregate between classes in the Lamont Library Cafe, to study quietly through the night, to watch the snow fall from a comfortable chair in our Ginsberg Reading Room on the main floor. Sometimes they come here just because Lamont is a warm and welcoming place.”

17. 本と、コーヒーと、快適な居場所 — 図書館カフェ

 USA TODAYのWebサイトに、9月27日付けの記事として、米国内の大学図書館にスターバックスをはじめとするコーヒーショップが出店している様子について、レポートされています。

「Something else to check out at library: Starbucks」(USA TODAY, 2007/9/27)
http://www.usatoday.com/money/industries/food/2007-09-27-starbucks_N.htm

 今回は、ハーバード大学内にある2軒の図書館内カフェ — ワイドナー図書館のカフェとラモント図書館のカフェについて、ご紹介します。

 学内図書館の中心的存在であるワイドナー図書館には、地下に小さなカフェがあります。テーブル席・ソファ合わせて40席ほど。営業時間は07:30−14:30。図書館の平日の開館時刻は09:00ですし、そもそも地下のほとんどは職員のオフィスで、閲覧室や書架はありませんので、主に館内職員がターゲットの休憩室ととらえるべきでしょう。とはいえ、利用者も自由に利用できる施設ですので、軽食をとったりリフレッシュしたりしたいときにはありがたい存在であると言えます。ちなみに、先日10月1日にリフレッシュ・オープンしたばかりです。
 経営しているのは、学内のカフェ・食堂やケータリング等の事業を受け持っている、Harvard University Dining Service。取り扱われている商品は、コーヒー、お茶、ソフトドリンク、パンやサンドイッチ、パックのサラダ、寿司、果物、スナック類。日替りスープもあります。時間外で店員がいないときでも、自販機(ドリンクやスナック・サンドイッチ類を販売)やエスプレッソ・マシン(セルフサービス)が利用できます。電子レンジも備え付けてあり、持ち込んだお弁当を温めて昼食をとっている人もいました。

 対して、学部生向け・学習用図書館であるラモント図書館のカフェは、入口ゲートを通ってすぐ右手。書架・閲覧室のあるエリアに隣接した位置にあります。生垣やオブジェが並ぶ中庭に面していて、全面ガラス張りで眺めもよく、館内の”一等地”と言えるでしょう。ソファやランプシェードなどのインテリアは、街中のコーヒーショップのような落ち着いたデザインのもので統一されています。テーブル席が約60席、ソファが約20席。コーヒーや軽食をとりながら、本を読んだり、自習をしたり、グループでディスカッションをしたりと、気持ちよくリラックスして勉強ができる空間になっています。

Lamont Cafe (写真あり)
http://www.dining.harvard.edu/campus_restaurants/restaurants_lamont.html

 カフェ内には、自由に利用できるデスクトップPCが6台。自分のPCを持ち込んで無線LANにアクセスすることも可能です。また、このラモント図書館ではノートPCを館内貸出するサービスも行なっています。
 新聞ラックや新着雑誌架もこのカフェ内にありますので、気軽にブラウジングしながらくつろぐことができます。雑誌は約120タイトル。各分野のレビュー誌・コア誌(Library Journal, Writer’s Digest)、ハーバードの学会誌・レビュー誌(Harvard Business Review)、一般誌(TIME, National Geographic, The New Yorker)、娯楽・趣味誌(Vogue, Wired)などがならんでいます。さて、ここで注意しておきたいのは、このラモント図書館はコース・マテリアルの提供など、あくまで学習支援に特化した図書館であり、必ずしも資料の保存に重きを置いているというわけではない、という点です。実際この新着雑誌架にならんでいる雑誌も、その多くはバックナンバーが一定期間までしか保存されていないようです。このような機能の特化が背景にあってこそ、飲食自由なカフェと図書館資料とが同じ室内で共存できているのだと思います。
 なお、館内で食べ物を食べてよいのはこのカフェの中だけ、飲み物は蓋で密閉されたいれものであれば持ち出してもよい、というルールになっています。また、このカフェと通常の書架・閲覧エリアとはガラス扉で仕切られていて、音や話し声がカフェの外へ漏れないように配慮されています。
 経営しているのは、ワイドナー図書館と同じくHarvard University Dining Serviceで、扱われている商品もほぼ同じ。店員がいない時間外には自販機・エスプレッソマシンが利用可能である点も同じです。但し、決定的にちがうのはその営業時間(店員が詰めている時間)で、こちらは15:00−翌02:00。というのも、このラモントは24時間開館している図書館で、学生が主に活動している(と思われる)午後から夜半まで営業してくれている、というわけです。実際に私が訪ねたときも、お昼のランチタイムは意外に人が少なく、一方、午後9時頃にはほぼ満席。さすがに午前2時の様子までは確認できませんでしたが、夜遅くまでみな熱心かつ活発に勉強、もしくはおしゃべりしていました。(なお、金・土は図書館・カフェともに21:45に閉館します。)

 最後にもうひとつ留意しておきたいのが、ハーバード学内にはこのような図書館カフェに限らず、学生が学習場所として利用できるコモン・スペースが多数存在している、という点です。ラモント図書館のカフェは確かに人気の高い場所のようですが、かといって、大勢が押し寄せてしまって混雑しているとか、場所取りや順番待ちで居心地が悪いなどというようなことは決してありません。学内には、誰でもが自由に使っていいコモン・スペースが至るところにあって、テーブル・イス・ソファなどが並んでいます。そこでは、この図書館カフェと同じように自習やグループ・ディスカッションができますし、学内共通の無線LANを通じてインターネットにアクセスすることも可能です。時には、学生が教員から指導を受けている様子を見ることもできます。このように、学生の居場所としてのコモン・スペースが充分に用意されているキャンパスだからこそ、図書館内にカフェを設置しても人々が殺到することなく、適度に快適な空間を保つことができているのではないでしょうか。
 図書館カフェは、たんに図書館内の客寄せ施設としてではなく、キャンパス内の”居場所”を構成する空間のひとつとしてとらえられるべきだろうと思います。

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