43. 研修終了にあたって

 
 1年に及ぶハーバード大学での滞在研修も、3月で終了になります。

 この1年を通して感じたことのひとつは、図書館の運営・サービスの方法・考え方にはじつにさまざまなものがある、ということでした。あって当然と思われるかもしれませんが、実際、日本の図書館運営はどうしても横並びになってしまいがちです。対してアメリカでは、同じ大学図書館であっても、蔵書の傾向も、サービス対象者も、学生のニーズや研究者の動向も、それぞれの大学によってまったく異なりますし、それに応じて、資料の取り扱いやサービス方針、図書館というものがどうあるべきかという考え方も千差万別なものになってきます。同じハーバード大学内でありながら、利用のルールやポリシー、採用するシステムが違う、ということも珍しくはありません。
それは、「他所がこれをやっているから、うちも」「誰それがそう言っているから、その通りに」というような姿勢ではなく、各館・各ライブラリアンがその事情や条件にもとづいて自主的に判断した結果なのだろうと思います。もちろん、それぞれの方法・考え方にメリットもデメリットもあるのでしょうし、適・不適、効果的・非効果的の差もあって当然だとは思います。ですが、これだけ多様な方法・考え方での図書館運営・サービスが現に行なわれている様子を拝見して、決してどれが”正解”と言えるわけではないし、とるべき道もひとつではないんだ、ということをあらためて実感できました。

 もうひとつは、アメリカの大学図書館での運営・サービスの方法やシステムを、そのままのかたちで日本に持って帰って適用しようとするやり方は、決して好ましくはない、ということです。アメリカをはじめ海外の大学図書館には多くの進んだサービスや専門性の高い運営体制があります。私自身もそれを見てきましたし、アメリカを訪れる他の図書館員のみなさんもたくさんそれをご覧になってきたことと思います。ですが、その見たまま、聞いたままのかたちのものを、そのまま日本で採用しようとしたり、日本の図書館と比較したりということが、果たしてどれだけ有効なものであるかについては、疑問が残ります。それらサービスや運営体制、システムといったものは、それぞれの大学、社会が持つ環境や背景のもとに成り立っているからです。
 24時間開館のラーニング・コモンズが成功しているUMass Amherst校には、学部生が寮生活を義務付けられており、かつキャンパス周辺にパブリックな施設がほとんどない、という事情があります。図書館内にカフェを併設することの是非を考えるにあたっては、アメリカでそれが成功し流行しているからという現象だけで判断するのではなく、資料保存に対する取り組み、学生に課せられるグループ課題とディスカッションのあり方、ルール違反に対する処罰、さらには食習慣や衛生観念に至るまで、さまざまな日米間の”違い”を理解しておく必要があります。そして、図書館に専門職が必要とはいっても、社会全体における雇用や求職・就職のあり方の違いを無視して、図書館の人事制度だけを比較したり真似ようとしたりすることには無理があるでしょう。重要なのは制度ではなく、専門職を確保することによって利用者に何を保証しているのか、資料をどう守っているのか、のほうだと思います。
 表に見えている図書館運営・サービスの有り様だけを切り取って、日本に直輸入しても、真に根付くことは難しいでしょうし、根本的な問題解決には寄与できません。それを成り立たせている環境や背景といったものを考慮しつつ、何を必要とし、どんな信念に基づいて、何を実現させるためにそれを行なっているかを理解することができれば、同じことの実現のために日本ではどう動けばよいかが、より適切に判断できるように思います。

 今回の研修では、そういった多様性や、それぞれの背景にあるものについて、できるだけ目を向けるようにしてきたつもりです。みなさんにはどのように感じられたでしょうか。

 1年間お世話になったハーバード・イェンチン図書館の皆様、訪問・見学に快く応じてくださった各図書館・機関の皆様、このような機会を与えてくださった京都大学附属図書館の皆様に、この場をお借りして感謝申し上げます。どうもありがとうございました。

42. 次世代OPACへ向けて — Discovery and Metadata Coordinating Committee

 2007年秋、ハーバード図書館を統括するUniversity Library Councilのもとに、「Discovery and Metadata Coordinating Committee」が新しく発足しました。これは、蔵書検索用OPACなど、ハーバードにおけるdiscovery system(=利用者が本や資料を検索し、発見するためのデータベース・システム)やcatalogingのあり方を、時代に合わせた新しいものに進化させ、再構築させることを目的としています。

 情報技術、学術情報環境の目まぐるしい発展や、webサービスのあり方そのものの変化に伴い、図書館が提供する蔵書検索用データベース・OPACもまた進化させていかなければなりません。技術革新と利用者ニーズに見合った機能、GoogleやAmazonやはてななど、他のwebサービスがすでに実現している機能を備えたものとして、各国の図書館で現在急ピッチで構築されつつあるのが、いわゆる”次世代OPAC”です。例えば「ファセット」「FRBR化」「ソーシャルタグ」といった機能やサービスが考えられています。

ファセットの例:OCLC WorldCat (http://worldcat.org/)
検索結果を分析して、しぼりこみ用のキーワードを提示する
fig42-1
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FRBR化の例:OCLC WorldCat (http://worldcat.org/)
同じ作品・著作の異なる版をひとまとめにする
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ソーシャルタグの例:国立国会図書館PORTA (http://porta.ndl.go.jp/portal/)
ユーザが自分でキーワードを登録し、お互いに参照できる
fig42-3
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 ハーバードの図書館でもこの”次世代OPAC”の実現が喫緊の課題とされています。その取り組みの一環として発足したのがDiscovery and Metadata Coordinating Committeeです。この委員会の下には、Aleph(図書館用業務システム・目録システム)の委員会、書誌標準のためのワーキンググループ、カタロガーのディスカッショングループ、VIA(ビジュアル資料用目録データベース)のワーキンググループなど、目録・検索用データベースに関わるたくさんのグループが含まれています。Discovery and Metadata Coordinating Committeeは、これら各グループ同士の調整やコミュニケーション整備を行ないながら、次世代OPACをはじめとする将来的な情報サービス・検索システムと、それを支える目録システムの構築を舵取りしていくことになります。

 Discovery and Metadata Coordinating Committeeの前身は、2006年秋から1年間活動していたTask Group on Discovery and Metadataというタスクグループでした。

 Task Group on Discovery and Metadata
 http://isites.harvard.edu/icb/icb.do?keyword=k13676&pageid=icb.page74966

このタスクグループでは、discovery systemやcatalogingのあるべき機能とあり方について、キーとなる情報技術や内外の動向をレビューし、ハーバードにおける現実的かつ具体的なアクションについて提案する、ということが求められていました。多数のテーマを設定し、その概要や背景・具体例を調査し、それらをどう評価するか、優先して採用すべきはどれかなどをグループ内で検討した結果、提示されたのが、2007年9月に発表された最終報告書です。

 最終報告書(Task Group Final Report)
 http://isites.harvard.edu/fs/docs/icb.topic117213.files/TGDM_final_report_Sept_07.pdf
 添付資料
 http://isites.harvard.edu/fs/docs/icb.topic117213.files/TGDM_final_report_Appendices.pdf

 この報告書は3部構成となっていて、今後数年注視しておくべき技術や考え方のレビュー、それにもとづく見解、今後とるべき行動などが示されています。レビューでは、先に述べたファセットやタグのほか、各目録標準に対する評価、データをいかに多様化させるか、ユーザ自身のメタデータ構築への参加など、様々なテーマが概説されています。そしてそれらレビューにもとづいた見解では、OPACのリプレイスは真っ先に行なわなければならない、外部リソースに頼ってでも書誌レコードを成長させなければならない、といった勧告がなされる一方で、目録や書誌レコードそのものの構造を変えるといったことに着手すべきではないというような現実的な姿勢も提示されています。また、今後の行動についても、あまりにも変化の激しい環境下で長期的手段の検討は得策ではない、との考えから、次年度において当面とるべき行動を示すにとどまっています。
 これらの取り組みと報告は、実際に次世代OPAC等の構築にとりかかるためだけではなく、学内全図書館やライブラリアンに対して問題意識を換気する、という意味合いもあったようです。実際、この最終報告書についての学内説明会が、12月と2月の2度行なわれました。
 そしてこの報告書での提案にもとづき、学内の関連する各部署・委員会・グループの活動を調整しながら、その実現へ向けて取り組んでいるのが、現在のDiscovery and Metadata Coordinating Committeeである、ということになります。

 図書館のユーザを含め、我々は、日々進化する情報環境・情報サービスに囲まれて暮らしています。その反面、旧来の姿のままである図書館目録へのユーザの不満は募る一方ということになってしまいます。次世代OPACや新しいwebサービスのあり方へ向けての、柔軟かつ敏捷な取り組みが、いま、求められています。

41. 手軽に情報共有・情報発信 — iSite

 ハーバードでライブラリアンのみなさんの仕事振りを拝見していて、日本での仕事の進め方と際立ってちがうと感じることのひとつが、お互いの持っている情報を上手に共有し、柔軟に活用していく、という姿勢です。勉強会による情報共有(【8. 日米”勉強会”事情】)やe-resourceに関する情報のマネジメント(【36. オンライン資料を効率的に管理する — E-Resource Management】)などの事例をこれまでご紹介しましたが、今回はiSiteというツールを使った、webサイトによる情報共有・情報発信についてご紹介します。

 iSites
 http://isites.harvard.edu/icb/icb.do?keyword=icommons&pageid=icb.page11690

 iSitesは、ブラウザ上で操作してwebサイトを作成することができる、webベースのコンテンツマネジメントシステムです。HTMLに知識のない人や、エディタを持っていない人でも、一定程度のレイアウト、デザインと機能を持ったwebサイトを自作することができます。そもそもは、授業のためのwebサイトとして、教員から学生に資料や講義情報を提供することができるように、というツールですが、授業用だけではなく、研究グループ用サイトを作成したり、事務員が業務用webサイトを構築することも可能となっています。
ハーバードの各図書館やライブラリアン、及びそのグループの利用も多く、公開用・限定用のリサーチガイドとして利用者向けのコンテンツを作成したり、業務用Webサイトを構築して情報を共有・公開したりといった活用がなされています。ハーバードには複数の図書館同士によるプロジェクトや、全学レベルで連携しあっての委員会・ワーキンググループの類が非常に多く、それらグループにおけるメンバー同士の情報共有や、他のライブラリアンへの情報公開といったことに、このiSiteが大いに活用されています。

Science Libraries @ Harvard
http://isites.harvard.edu/icb/icb.do?keyword=k21001
fig41-1
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Bibliographic Standards Working Group
http://isites.harvard.edu/icb/icb.do?keyword=k26185
fig41-2
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E-Resource Management & Licensing – Harvard Libraries
http://isites.harvard.edu/icb/icb.do?keyword=k11228
fig41-3
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 webページ作成の経験がない人でも、自分自身の手で自由にサイトを構成し、情報発信を手軽に行なうことができるのが特徴です。また、PINSYSTEM(【29. どこでもハーバード — WebサービスとPIN System】)を利用して、一般公開できない情報や、特定少数のメンバーだけで共有したい情報に対してアクセスコントロールを行なうこともできます。
 さらに、特定の部局のサーバを間借りしたり、システム担当者に手間を依頼したりといったことが必要ない、というのもこのツールの大きな利点です。複数館または全学レベルでの連携によるグループであっても、webサイトの置き場や管理者について交渉や捻出の必要がなく、比較的スムーズにスタートできることになります。

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