39. 学内インフラとしての支援体制 — ハーバードの蔵書デジタル化事業

 前回(【38. 韓国古典籍コレクションデジタル化プロジェクト – ハーバードの蔵書デジタル化事業】)の例のように、ハーバードの各図書館で蔵書をデジタル化・ネット提供するプロジェクトが執り行なわれる場合、専門の部署・サービスによる支援体制が学内に整えられています。撮影やデータ作成など、専門家・技術者による作業の請負いはもちろんですが、どのような方針でプロジェクトを進行していけばよいか、適切な技術・手法・取扱いについてなど、専門的知識と経験を備えたスタッフによるアドバイスやサポートを受けることもできます。
 このような支援体制や各部署・サービスは、ここ10年のうちに急速に整備されてきたものです。それ以前の蔵書デジタル事業は、個々の図書館がそれぞれのプロジェクトとして、その場ごとに行なわれていました。これを、できるだけ組織化・集中化させ、専門の部署に専門のスタッフを配置させることで、個々のプロジェクトに対して質の高いサポートを効率的に提供できるようになります。機材・技術だけでなく、人材・サービスや蓄積された知見など、プロジェクトをトータルでサポートしていますので、個々の図書館・プロジェクトの担当者は一からすべてを自分で準備する必要がなく、スムーズにプロジェクトをスタートさせることができます。また専門の部署が組織されることによって、学内での蔵書デジタル化事業が一過性のものとして終わるのではなく、必要な限りその支援体制が保証されることになります。彼らがこの支援体制を”インフラ”の形成として位置づけていることの意味が、そこにあるのではないかと思います。

● Imaging Service
 前回ご紹介したように、Imaging Serviceはハーバード大学図書館内の資料撮影・デジタル画像作成についての専門部署です。蔵書の写真撮影、マイクロフィルム作成、デジタル画像作成や、そのための保存修復・目録・メディア変換などを行ないます。

 Imaging Service
 http://hcl.harvard.edu/info/imaging/

 Imaging Serviceが組織され、蔵書デジタル化支援のための活動を始めたのは1997年。当時は人員・機材ともに小規模でしたが、インターネットでの蔵書公開が普及し始めた頃でもあり、数年と経たないうちに需要が急速に増え始めたそうです。現在では、撮影技術者・カタロガーなど約40人のスタッフを抱える大所帯となっています。
 Widener Libraryの地下を改装して居を構えたのが2000年頃。現在では複数の暗室や撮影スタジオが専用スペースとして設けられています。撮影用カメラも、マイクロフィルム用、デジタルスキャン用、オーバーヘッドカメラなど様々なものが用意されていますし、書籍資料をスキャンするためのブックスキャナーも複数台そろっています。撮影スタジオも、通常の環境のスタジオに加えて、貴重書用に光量の微調整が可能なスタジオや、地図などの大型資料専門のスタジオなどが設けられており、様々な種類の資料に対応しています。
 近代出版物のデジタルスキャンでは、OCRによるテキストデータ作成もこのImaging Serviceで行なわれています。専属のスタッフがPC画面上で、ソフトによる読み取りと人の目による判断の両方でその作成を行なっていました。テキストデータのほか、インデクス、チャプター、ページなど、画像データの提供・管理用の情報もここで取り扱われています。

 Imaging Serviceでは、上記のような実作業の請負いばかりでなく、デジタル化プロジェクトそのものの計画や実際の進行について、専門スタッフによるアドバイスや提案、他部署との連絡調整というかたちでのサポートを行なっています。Librarian for Collections Digitizationと呼ばれる専門のライブラリアンによるAdvisory Serviceでは、求めに応じて各図書館・プロジェクトの担当者との打ち合わせが行なわれ、例えば、撮影方法や画像仕様、公開方法はどのようにするべきか、資料保存部署からはどのようなサポートを受けるべきか、目録やメタデータの作成は誰がどのような方法で行なうのがよいか、などが提案されます。持ち込まれるプロジェクトには、前回の韓国古典籍プロジェクトのようにまとまった規模の資料を全ページスキャンするというものもありますし、出版物への図版掲載用に数冊から数箇所だけを選んで撮影する、といったものもあります。

● Preservation
 Imaging Serviceは、前回ご紹介したWeissman Preservation Center (WPC:貴重書専門の資料保存部署)や、以前【12. 年間40,000冊の本を修復する工房 – Collections Conservation Lab】でご紹介したHCL Collections Conservation Laboratory(貸出用一般図書担当の資料保存部署)とともにPreservation & Imaging Departmentというひとつのグループで活動しています。Imaging ServiceはもともとWPC内の一部署としてスタートしたということでした。また、現在Imaging ServiceのあるWidener Libraryの地下にはHCL Collections Conservation Laboratoryが同居しており、密接な連携を保っています。Imaging Serviceによる撮影・デジタル化の際は、常にこれらの部署の保存専門家によるアドバイスが入ることになります。

 Library Preservation at Harvard
 http://preserve.harvard.edu/

 このように蔵書のデジタル化においては、資料保存活動及びその部署との関わりが非常に重要視されています。上記webサイトを見ても”保存”と”撮影・デジタル化”とがコインの表裏のように考えられていることがわかります。「複製・媒体変換による蔵書の保存が、デジタル化の目的である」ということだけでなく、「撮影・デジタル化にあたってその資料が傷むことのないよう管理する、対策をとる」ということもその大きな理由のひとつです。
 実際に蔵書デジタル化事業が行なわれる際には、通常、学内の保存部署の専門家によって、資料の保存状態のチェックが行なわれます。チェックの結果、適切な撮影方法や機材が提案されることもあれば、事前に修復処置が施されたり、状態によっては撮影が断念されることもあるようです。韓国古典籍のプロジェクトの例のように、撮影前に保存部署自身の手でいったん製本が解かれることもあり、その場合には撮影後に同じくその保存部署によって再製本されることになります。ページどうしがくっついてしまっているものをはがしてから撮影にかける、といったこともあるようです。
 2つの保存部署とImaging Serviceはともに、経験の蓄積に基づいたガイドラインやベストプラクティスなどを文書として公表したり、採用すべき外部のスタンダードなどをまとめるなどして、知見の共有を図っています。コンサルティングやアドバイザリーとともに、資料を確実に守るための重要な専門的サービスです。

 Principles for Reformatting Library and Archival Collections
 http://preserve.harvard.edu/guidelines/reformattingprinciples.html
 Guidance for Digitizing Images
 http://preserve.harvard.edu/guidelines/imagedig.html

● Cataloging・Discovery
 ハーバードの蔵書デジタル化事業では、”保存”に加えて、”目録”も不可欠のものとして考えられています。その資料についての情報を整理・登録し、利用者がそれらを見つけ出せる状態にしておかなければ、資料を保存する意味もデジタル化する意味もなくなってしまいますし、適切な目録がなければ資料自体も散逸してしまうおそれがあるからです。
 ハーバードの図書館では以下のようなDiscovery(目録やその他の検索ツールなどによって利用者が資料を発見できる)のためのシステムやサービスが提供されています。

・HOLLIS
 http://hollis.harvard.edu/
 図書館蔵書検索用データベースで、書籍資料のデジタル化データへのアクセスが可能。

・VIA
 http://nrs.harvard.edu/urn-3:hul.eresource:viaxxxxx
 写真・絵画などのビジュアル資料についての目録データベース。デジタル化した画像があれば表示が可能。

・OASIS
 http://nrs.harvard.edu/urn-3:hul.eresource:oasisxxx
 書類・書簡などの文書資料についてのfinding aidsを集積し、検索やブラウジングを可能にしたデータベース。

 Imaging Service内にはBibliographic Servicesというセクションもあり、撮影する資料やそのマイクロフィルム、デジタル画像についての目録やメタデータを作成するという役目を持っています。Preservation Catalogerと呼ばれる人たちによって、例えば古い新聞資料をマイクロフィルム化するのであれば、どこからどこまでをひと区切りとするべきなのか、それらをどれだけのリールにどのように納めるのか、撮影に何コマ必要か、撮影終了後にその資料をどのように整理するのか、そして、それらをHOLLISなどの目録データベースにどう登録すべきであるのかが、撮影前にあらかじめ検討されるのです。
 デジタル化された資料の目録について、どのシステムを採用するのか(HOLLISか、VIAか、OASISか、それとも自館webサイトに自作するのか)、カタロギングの実務を誰がどう行なうかなどについては、それぞれのプロジェクトによって異なります。各図書館のカタロガーが行なうこともあれば、Imaging Serviceのカタロガーが請負うこともあります。写真資料であればWPCに写真専門のカタロガーがいますので、依頼することもできます。また、プロジェクトのためのカタロガーを期限付きで雇うこともあるようです。

● Digital Repository Service (DRS)
 作成されたデジタル画像を格納し、ネットで利用できる状態にするのが、Digital Repository Service (DRS)です。ハーバード大学図書館のOffice Information System(OIS)というシステム専門部署が管理・提供しており、ハーバード内の図書館やそのプロジェクトであれば必要に応じて使用することができます。例えば、Google Library Projectによってスキャンされたハーバード蔵書のデジタル画像も、このDRSに格納されており、HOLLISの検索結果を通してアクセスすることが可能です。
 このDRSは”デジタル資料におけるHD(ハーバード図書館の郊外保存書庫)”を意図して構築されており、どのようなフォーマットの資料でも、どのような内容の資料でもこのサービスを利用することが可能です。ただし、「利用者に公開することを意図したデジタル資料でなければならない」、「著作権・知的所有権を持っているか、処理されていなければならない」、そして「データベースやwebページなど何らかのかたちで目録が提供されていなければならない」といった条件が付いています。このサービスが、単なるファイルの置き場所としてだけではなく、利用者からのアクセスを促進し保証するものとして機能していることがわかります。閲覧のためのインタフェースとして、IDS(Image Delivery Service、ビジュアル資料用)、PDS(Page Delivery Service、書籍資料用)、SDS(Streaming Delivery Service、音声データ用)などもあわせて提供されています。AMS(Access Management Service)では資料へのアクセスをコントロールすることができ、学内メンバーのみに公開するものや特定の部局や受講生のみにアクセスを許可するものについて、PINSYSTEM(参照:【29. どこでもハーバード – WebサービスとPIN System】)が適用されます。
 このDRSでは、デジタル資料は永年保存されなければならない、という方針のもと、必要に応じてマイグレーション(データを新しい形式に変換していく)も行なっています。こういったメンテナンスのため、年間1Gにつき20ドルの使用料が課せられています。現物資料の保存・管理がただではないのと同じように、デジタル資料にも相応のコストと手間が必要である、という前提のもとでのサービスなのだろうと思われます。

●活用のためのサービス
 上記のほかに、作成されたデジタル画像を活用し、利用者に効果的に提供するためのサービスを、いくつかご紹介します。

 まずひとつめは、Templated Database(TED)と呼ばれるものです。これは、各図書館やライブラリアンでweb公開したいコレクションやその目録データがあるにもかかわらず、公開するための適当なシステムやデータベースを自前で構築することができない、という場合のためのシステムです。OISがあらかじめ構築してある”テンプレート”としてのデータベースシステムを用い、自館の持つ目録データを搭載して、独自のデータベースとしてwebで公開することができます。

 例:Milman Parry Collection, MCZ Ernst Mayr Library
 http://nrs.harvard.edu/urn-3:hul.eresource:milparco
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 各図書館やコレクションの特性・ニーズに応じて、フィールドなどをカスタマイズすることができますので、既存のHOLLISやVIAなどとはちがったデータベースを提供することができます。

 ふたつめは、Virtual Collections。これは既存のデジタル画像をテーマなどによって再構築し、公開するためのシステムです。HOLLIS、VIAのカタログなどから対象資料の書誌やリンクを取り込み、検索・ブラウジング・表示のためのインタフェースを備えて、webで提供することができます。これによって、各分野専門のキュレーターやライブラリアンが、すでにある蔵書のデジタル画像や書誌を使って、ヴァーチャルなコレクションを構築し、分類や解題作成などで利用者へ効果的に提供できるようになります。

 例:Dying Speeches and Bloody Murders
 http://broadsides.law.harvard.edu/
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 魅力ある資料と、ライブラリアン・キュレーターによる専門性や編集能力があれば、自館に機材やシステム担当者が存在しなくても、情報発信を効果的に行なうことができる、というサービスです。