19. Harvard Depository見学

 7月にご紹介した、ハーバード大学の保存書庫、Harvard Depositoryを実際に訪問・見学する機会を得ました。
 Harvard Depository(以下、HD)があるSouthboro Campusは、大学のメインキャンパスであるハーバードヤードから西へ約40km、車で30分ほどの郊外に位置しています。ここには各図書館の蔵書のうち、利用頻度の比較的低いものが納められています。欲しい本がある利用者は、OPACの検索結果画面で自らリクエストを送ることができ、翌日には指定した図書館で受け取ることができます。

20071101-14_32

 Harvard Depository
 http://hul.harvard.edu/hd/

 7.「Harvard Depository」
 http://www2.kulib.kyoto-u.ac.jp/harvard-diary/?p=24

 HDの最初の書庫がオープンしたのは、1986年。需要に応じて増設していけるよう、ユニット式の構造が採用され、その後、現在までに計6つの書庫ユニットが設けられています。地上3階建ての高さの建物の中に、高さ約9メートルのスチール製書架が並び、6書庫合計で約1120万冊の図書を収蔵することが可能です。ちなみに、近年多くの図書館が採用しているのは機械化された自動書庫ですが、このHDは自動書庫でも集密書架でもなく、固定式の書架を採用しています。HDのスタッフが専用のリフトを使って、直接棚から資料を出し入れします。各所蔵館のスタッフが資料にアクセスすることはなく、検索・出納を行なうのはHDスタッフのみです。

 このHDの最大の使命は、「資料を長期間にわたって保存すること」です。そのために必要な、安全で信頼できる保存環境作りのため、様々な努力がなされています。書庫内全体は年間を通して温度10℃・相対湿度35%に保たれており、急激な温度変化が生じることのないよう、常時監視されています。他にも、紫外線カットフィルター付きの蛍光灯、水漏れのないよう分厚いゴムで覆われた屋根、酸性物質の伝播を防ぐ中性素材の梱包資材、換気システムによるホコリの除去、さらに低温・低湿度のフィルム資料専用書庫など。書庫だけでなく、リクエストされた図書を各図書館へ配送するための運搬車内も、温度湿度管理がなされています。さらに、このHDで実際に資料を扱うスタッフは、事前に各種資料の適切な取り扱いについてのトレーニングを受けているとのことです。
 以上のような努力の結果、このHDで保管された紙資料の寿命は、典型的なオフィス環境における寿命の8倍にあたる、という見積りが学内の保存専門部署から出されています。また、HD内ではいわゆる”貴重書”の類を別置するということはせず、一般の図書と同じ扱いで保管しています。いずれにしろ完璧な保存環境だからだそうです。
 この資料と保存環境とを守る努力は、資料をHDに送る各図書館の側にも求められます。各館は、学内の保存部署が定めたガイドライン(「Transfer of Library Materials to the Harvard Depository」http://preserve.harvard.edu/guidelines/hdtransfer.html)に従って準備をしなければなりません。資料が特殊な形状であったり、壊れやすい状態にある場合には、封筒に入れる、箱に入れる、紙で包む、紐でしばるなど、それ相当の梱包が必要です。また、ほかの資料に悪影響を及ぼすことのないよう、ホコリやカビはあらかじめきれいにクリーニングされていなければなりません。カビの付着した図書が届いた場合、HDは所蔵館にその資料を返送するそうです。逆に、適切な梱包さえされていれば、壊れやすく過敏な状態にある資料はHDに送って保管されるべきであるということを、HD自身が推奨しています。

 もうひとつのHDの重大な使命は、「資料の検索・出納を可能にすること」です。スペースの節約のため、HD内の資料は請求記号・分類などをすべて無視され、サイズ別に仕分けられて棚に収められます。これらを検索し、必要に応じて出納するため、すべての資料にバーコードの貼付が義務付けられています。
 HDに到着し、サイズ別に仕分けられた図書は、資料を収める紙製のトレイに収められます。このトレイにもバーコードがついており、スタッフによって図書のバーコードとトレイのバーコードとがスキャンされ、専用のデータベースに登録されます。なお、スキャン時のミスや漏れを防ぐために、このスキャン作業は2度行なわれます。また、資料の混同や逸失を防ぐ目的から、ひとつのトレイ内に別の図書館の蔵書が混ぜられることもありません。さらには、資料の保全とスムーズな出納のため、ある程度の余裕を持たせた状態でトレイに詰められます。
 図書の収められたトレイは、リフトで書架まで運ばれ、スタッフの手によって棚に収められます。書架の棚ひとつひとつにもバーコードが貼付されており、トレイと棚のバーコードがスキャンされます。これらの作業によって構築されたデータベースを元に、資料の検索・同定・出納が行なわれることになります。
 「7. Harvard Depository」(http://www2.kulib.kyoto-u.ac.jp/harvard-diary/?p=24)でご紹介したように、利用者から図書のリクエストが届くと、そのバーコード番号を元に該当する図書が書架から取り出されます。通常であれば、リクエストの翌日(朝7時以前のリクエストなら当日)午後2時までに、指定された図書館にその図書が届けられます。緊急時には、即日に処理・配送されるサービスもあるようです。なお、返却された図書は、元あったトレイに収められます。

 以上のような、”保存”・”検索・出納”に対する厳しい品質管理のもと、現在約660万冊の資料が保管されています。このHDによる保存書庫の管理方法は、国際的にスタンダードなものとして認められ、イギリスやオーストラリアなどで採用されているそうです。
 実際に見学して強く感じたのは、このHDはあくまでも「本を活きたまま保存するための書庫」であるということです。決して、邪魔になったものを追いやるためのものでも、古い本を死蔵するためのものでもありません。必要な本はバーコード番号さえ判ればすぐに取り出される。どこに何があるかが確実に判る。狭い場所にぎゅうぎゅうに押し込まれるのではなく、ある程度の余裕を持って安全に収められる。通常の書架以上に適した環境が保たれ、資料の状態に合わせた梱包がなされる、といったような、最大限の配慮がなされています。
 それは、ハーバード図書館が、すべての本を現物として尊重し、それらは誰かに使われるためにあること、かつ永年にわたって守られなければならないものであることを、原則として認識していることの証ではないかと思います。