40. 専門家による資料診断 — Weissman Preservation Center

 かつて、HCLのCollections Conservation Labについてご紹介しました(【12. 年間40,000冊の本を修復する工房 – Collections Conservation Lab】)。このLabは一般的な貸出用図書の修復・保存処置を行なっていますが、もうひとつの保存部署・Weissman Preservation Centerでは、特殊資料の修復・保存処置を担当しています。

 Weissman Preservation Center
 http://preserve.harvard.edu/wpc.html

 ここでは古典籍や写本、写真など、希少で学術・歴史的価値を持つような特殊資料について、修復や保存のための処置を行なっています。書籍のconservatorだけでなく、紙を専門とするconservator、写真専門のconservatorなど、それぞれの資料保存についての知識と技術を持った専門家が対応しています。一度その修復ラボを拝見したことがありますが、修復・保存処置に必要な設備が、伝統的なもの、最新の機器、ともにふんだんに用意されていました。人材面・技術面ともに非常に頼りがいのある専門部署であるという印象を受けました。

また、これも以前にご紹介したように(【38. 韓国古典籍コレクションデジタル化プロジェクト — ハーバードの蔵書デジタル化事業】)、蔵書デジタル化事業や展示、移動などに先立って、各図書館の所蔵する特殊資料の保存状態・破損状態を査定したり、相談にのってアドバイスを出したりといったことも、このWeissman Preservation Centerの重要な役割のひとつです。1年間の研修を通して学内のいろいろなライブラリアンの方に話をうかがう機会がありましたが、何かにつけてこの部署やconservatorについての話題が登場し、図書館活動のあらゆる場面で頼りにされている存在なのだろうという印象を受けました。
 昨年秋、イェンチン図書館で所蔵していた日本の資料・竹久夢二詩画集(昭和16年)を、このセンターのpaper conservatorに依頼して見てもらったことがあります。多色刷り版画資料10数枚を紙ケースに納めたもので、資料自体に大きな傷みはなかったのですが、ケースや台紙などの傷み・変色が目立つものでした。
 後日提出されたこの資料の診断結果報告書は、「Description」「Condition」「Proposed Treatment」の3部構成となっていました。「Description」では資料そのものについて記述され、多色刷りの版画であるということやそれぞれの内容のほか、紙の色、紙質、分析と化学的なテストによる繊維の原料・成分などが明らかにされています。台紙や紙ケースなどの付属物も同様です。次いで「Condition」では、それぞれがどのような状態にあるかが分析の上で報告されています。例えば、版画作品自体の状態は良いが、何番の台紙がひどく変色してしまっている。これは外側がフォルダに覆われていて直接接していたためである、といった具合です。そして、これら「Description」「Condition」にもとづき、当部署で行なう最適な処置はどのようなものかが「Proposed Treatment」として提示されます。今回の例では、版画作品と台紙を脱イオン化純水ではがすことができるかどうかをテストする。できるとわかれば、接着剤を除去し、再度和紙とでんぷん糊で台紙を付ける、といったようなことが処置案として記されていました。

 古典籍などの特殊資料は、破損・汚損など、一度被害を受けると元の状態を取り戻すのは非常に困難なものになってしまいます。それらを守るためには、たんに専門の部署があって担当者がいるというだけでなく、科学的根拠にもとづいた処置ができる専門家が専属のconservatorとして必要なのだろうと思います。