31. Sackler Museumの日本古典籍資料

 Arthur M. Sackler Museumはハーバード大学内にある美術館・博物館群のひとつです。美術品を収集している美術館としてはほかにFogg Art Museum、Busch-Reisinger Museumなどがあります。Foggが西欧、Busch-Reisingerが中欧・北欧をメインとしているのに対し、Sackler Museumでは東洋・イスラム世界を中心に収集・研究・公開を行なっています。

 Arthur M. Sackler Museum (Harvard University)
 http://www.artmuseums.harvard.edu/sackler/

 2月6日、朝日新聞文化欄に、ハーバード大学Arthur M. Sackler Museum所蔵の日本古典籍資料についての調査報告が掲載されました。近世以前の書籍資料である絵本、画譜、草双紙の自筆稿本などについて、九州大学の先生方が訪問調査なさったもので、約300点の簡易目録作成が行なわれました。私もその現場で目録作成のお手伝いをさせていただきましたが、それぞれ見た目に美しく面白いだけでなく、保存状態のとてもよいものでした。書誌学的にも価値のある珍しいものばかりのようで、調査中の先生方もしきりに感嘆の声を上げておられました。

 これらは、それまで学内でもその価値があまり知られておらず、Sackler Museumロッカーの中に静かに保管されていました。整理や箱詰めによる保存処置はされていたものの、書籍形態であったため、浮世絵のような美術資料に比べてどうしても調査等が後回しになってしまっていたようです。
 海外ではこのように、日本の古典籍資料が思わぬところに残されていることが少なくありません。日本または東アジア研究専門の図書館でない、資料の内容・価値のわかるライブラリアンがいないなどの理由で整理されていなかったり、今回の例のように美術館であるがために書籍形態の資料がそれほど省みられなかったり、また、長い間中国語資料とごちゃまぜになったまま所蔵されていたりという例もあります。
 それらが、場合によっては日本に保存されているものよりも保存状態がよい、ということも珍しいことではありません。欧米の資料保存専門家には、西洋の資料についてだけでなく、日本・中国などアジア資料の修復・保存についても積極的に知識・技術を習得している人が大勢います。彼ら・彼女らによって、日本ではあまり適切に扱われていない資料が、充分にケアされて保管されている例がたくさんあります。また、価値を評価できるスタッフがいないために、とりあえずすべての資料がひとつひとつ丁寧に取り扱われている例。その資料を使うような研究者・利用者がいないために、長い間人の手に触れられず、そのために保存状態が良いという例。日本の図書館では無造作に処分されてしまっていたような袋(売るときに元の本を納めていたもので、絵入り・色刷りのものもある)が大切に保管されている例も、いくつか拝見しました。また、戦後にこのような古典籍資料を海外へ売り出した当時の書籍取扱者が、特に良い本を取り揃えて送った、というような事情もあったようです。

 これまで知られていなかったこのような資料は、以前は現地へ赴かなければその詳細がわからないということがほとんどでしたが、最近ではホームページ上でその解題や簡易目録を見つけることができたり、総合目録データベースの中に現れたり、一部や全文をデジタル画像として見ることができたりということが増えてきたようです。このようにさまざまなかたちの情報発信によって、必要な資料の存在が必要な人の目に触れるようにすること。そして、その存在を認めることができた資料は、後世の利用者のため、適切な状態で保存することが重要だと思います。

 最近になって、Sackler Museumにあった和装本のうち、幕末期以降の書籍形態の資料の一部がHarvard-Yenching Libraryに移されることになりました。これらは近いうちにデータベースへの目録登録がされ、ひとつひとつの大きさに合わせて作られた箱に納められ、館内の貴重書専門の部署によって適切に管理・提供されることになる予定です。