13. セーフ/アウトの境界線 — Law Libraryの飲食ポリシー

 学生による図書館内への飲食物の持ち込みについては、どの図書館でも頭を悩ませている問題だと思います。特に最近、附属図書館への飲食物持ち込みにまつわるマナーが悪化している、という話をききました。

 今回は、ハーバード・ロー・ライブラリー(ロースクールの図書館)における飲食ポリシーについて、ご紹介します。
 以下は、館内のすべての座席に掲示されている注意書きです。

 図書館の蔵書・設備を守るために、以下の規則を遵守して下さい。
 
 ※ 飲み物は、蓋がついているカップ・ボトル・缶に入っていれば許可。
 ※ 食べ物は、1階ラウンジ(ゲート外)でのみ許可。
 ※ 食べ物を館内に持ち込む場合、それがたとえ館外であとから食べるつもりのものであるとしても、密封された容器に納め、かつ、外から見えないようにカバン等の中にしまっておくこと。
 ※ 匂いのする食べ物を館内に持ち込むことは不可。

 この規則を違反して持ち込まれた飲食物は、ラウンジまで持ち出してもらいます。
 それを拒む学生には、学部長等への報告のため、身分証の提示を求める場合があります。

 利用者のニーズ・行動が千差万別である以上、あいまいな方針だけでは限界があると思います。上記の例に見られるように、”利用者のニーズに応じてある程度妥協すること”と、”具体的なラインを示してその遵守を徹底させること”との両方が必要なのではないでしょうか。

 Responsibilities of Library Users (Harvard Law School Library)
 http://www.law.harvard.edu/library/about/rules_of_study.php

12. 年間40,000冊の本を修復する工房 — Collections Conservation Lab

 ハーバード大学には図書館資料の修復・保存を専門に担当する部署が2つあります。1つは”Weissman Preservation Center Special Collections Conversation Lab”、こちらではいわゆる貴重書や写本などの特殊資料が取り扱われます。そしてもう1つはHCL(Harvard College Libraries)に属する”Harvard College Library Collections Conservation Lab”です。こちらはワイドナー図書館(ハーバード大学の中央図書館)内にあり、学内の一般的な貸出用図書について修復・保存のための処置を担当しています。
 先日、このHarvard College Library Collections Conservation Labを見学する機会を得ました。

Harvard College Library Collections Conservation Lab
http://preserve.harvard.edu/conservation/generalcollections.html

Lab tour
http://preserve.harvard.edu/conservation/labtourhcl/labtour01.html

‘Medieval Crafts and Modern Technologies: Collections Conservation in Harvard’s Widener Library’
Harvard University Library Letters (May 2003)
http://hul.harvard.edu/publications/letters030511.pdf

 ワイドナー図書館地下フロアに合計3,400平方フィートの作業スペースを持つこのLabでは、20人のスタッフの手で、年間約40,000冊の本が処理されるそうです。
 ここに送られてきた本は、まずそれぞれどのような状態にあるかが分析され、当Labでどのように処置をすべきか、あるいは外部業者に依頼すべきか、といったことが判断されます。当Lab内での修復対象となった本は、細分化された各担当スタッフの間を、自動車工場の流れ作業のように転々と渡っていき、処置が施されていきます。
 作業スペース内は近年に改装されており、作業用の大机、スタッフひとりひとりの専用作業台のほか、製本・修復用の各種専用機器、カビ除去用のバキューム装置、地図やポスターを折り曲げずに納める箱を作成するための超大型カッターなど、実にたくさんの機器・器具類が備えられています。とはいえ、「ところせまし」といった様子はまったくなく、きちんと整理され機能的に配置されているため、ストレスを感じることなくスムーズに動くことができそうな、むしろどことなく広々とした印象を受けるほどでした。
 そしてそのような作業スペースのあり方だけでなく、室内の随所に、作業を効率的に行なう工夫やそれをサポートするための器具類を見つけることができました。例えば、

・本のサイズにぴったりあったビニール製のポケット式ブックカバーを、ごく短時間で自作することができる専用の機械。(CoLibri社 Pocket: http://www.colibriusa.com/product_colibri.php)
・本を納める箱を作成するにあたって、その本の縦・横・厚み3方向のサイズを一度で計測することができる、3方向メジャー。
・厚紙をどのように切れば求める直方体の箱を作ることができるかを、パターンに応じてあらかじめ図解してある、自作のチャート。
・厚紙用カッターは、両手でその厚紙などをコントロールできるよう、手ではなく足で操作できるものを導入。
・背表紙修復の際に下地として貼る和紙を、あらかじめ1インチごとに細長く切ってストックしておき、どの厚みの本が来てもすぐに作業できるようにしておく。加えて、背表紙の幅を手早く計測してその和紙を選ぶための、専用のメジャーも自作。
・日本近代の糸綴じ本を修繕・製本するにあたって、それがどのような構造になっているのかが一目で判るよう、典型的なサンプルを自作して、作業者が適宜参照できるようにしておく。
・個人個人の作業台はおおむね高い位置にあり、立ち作業・座り作業の両方が可能。(座り作業のときは高いイスに登るようにして腰掛ける。)

 流れ作業と職場の配置、動きやすさ・仕事のしやすさを意識したスペースの使い方、仕事を効率的かつ効果的に行なうための機器の導入や、ツール・サンプル類の自作など。ひとつひとつはそれほど難しいことでも特異な工夫というわけでもないとは思うのですが、実際にそれらを導入または実施しようとしたとき、手をつける時間的余裕がない、重い腰が上がらないといったような理由から、なかなか実現できず、日々の手慣れたルーチン・ワークをこなすことのほうに傾いてしまうというのが、多くの職場での現実ではないかと思います。
 ですが、それらを実行に移しているこのLabでは、例えば1つの本を受け取ってから返却するまでの時間が、以前は1ヶ月ほどかかっていたのが、最近では2週間程度にまでなったそうです。そもそも40,000冊の本の修復は、どれも一括処理が可能というわけではなく、1点1点その本の状態にあわせて、伝統的な手法をもまじえながら取り扱われるわけですから、その工夫も努力も並大抵ではないだろうと推察されます。また、スピード・数の面ばかりでなく、例えば再製本後の背表紙にオリジナルの背表紙を切り取ったものを採用する、さらには表紙の色とオリジナルの背表紙の色とを合わせることで、元の姿と見た目上ほぼ変わっていないかのような仕上がりを可能にするなど、効率以上の成果をも実現させています。
 このような効率的かつ良質な成果をあげることができていることの背景にあるのは、潤沢な設備・人員といった端的な要因だけでは決してないと思います。上記のようなひとつひとつの工夫・改善を合理的に採用していくというしなやかな姿勢が、功を奏しているのではないか。恵まれた環境を作るのは人員・予算ではなく、そういった考え方の問題なのではないか。そしてそのことは、資料保存だけでなくどのような業務にも言えることなのではないのか。
 スタッフの皆さんの、真剣で、誇らしげで、それでいてどこかしら楽しげな表情を見ながら、そのようなことを考えました。