34. 日本のマンガを保存する図書館 — Cartoon Research Library, Ohio State University

 オハイオ州・コロンバスにあるオハイオ州立大学には、Cartoon Research Libraryという、マンガ資料専門の研究図書館があります。1977年、漫画家ミルトン・カニフのコレクションを受け継ぐ形で設立されました。マンガ(Cartoon)資料の包括的な研究用コレクションの構築を目的とし、25万点のマンガ原画、4万冊の図書、5万タイトルの雑誌・逐次刊行物、250万点の新聞コミック等の切抜きが保存されています。そのすべてがレアブックとして取り扱われており、事前予約による閲覧のみが可能となっています。
 そして、このコレクションの図書資料約4万冊のうち、約1万冊が日本のマンガ及びその関連図書だそうです。
 日本のマンガ資料の選書・収集及び研究を行なっているのが、当大学の日本語コレクション専門ライブラリアンであり、Assistant Professorでもある、Maureen Donovanさんです。

 Manga blog, Ohio State University Libraries
 http://library.osu.edu/blogs/manga

 1995年、サバティカルで東京滞在中だったDonovanさんは、日本におけるマンガ文化の充実ぶりを体験し、いまのうちにマンガ資料の体系的なコレクション構築を始めておかなければならない、との思いを強くしたそうです。帰国後、Cartoon Research Libraryのライブラリアンと相談し、日本マンガコレクションの体系的・継続的な構築の開始が決定されました。
 資料購入のため、国際交流基金など各所からの資金援助を得たり、整理のため専門のカタロガーを雇用するなど、さまざまな努力が続けられてきました。現在では、このCartoon Research Libraryの利用者の多くが日本マンガ資料を目的としており、日本からの利用者も少なくないとのことです。
 このコレクションの特徴のひとつは、特定の作者・分野の資料を集中的・網羅的に収集すると言うわけではなく、日本におけるマンガの歴史・文化全体を概観できるよう、広範囲にわたる資料収集が行なわれている、という点です。ある作家の作品がすべて購入されているとか、ある雑誌が初号からすべてそろえられているという例はあまり多くありません。そのかわりに、歴史マンガ・政治マンガなどのさまざまなジャンルのマンガ、マンガによる社史・辞典・受験参考書、マンガの描き方を指南した本、同人評論誌や記念出版物、さらにはマンガの描かれた双六や子供用グッズ、映画化記念冊子に至るまで、日本の社会においてマンガがどのように浸透しているかを広く見渡すことができるコレクションになっています。どの本屋でも売っているような最近の単行本もあれば、「時事漫画」のような戦前・戦中の出版物や、原画・手稿資料のような非常に貴重な資料もあり、その幅広さには驚くばかりです。

 日本のマンガを収集することの難しさのひとつは、絶版になりやすい、という点だそうです。マンガそのものだけでなく、その関連書籍や参考図書となるような本も、刊行後すぐに品切れになってしまい、そのまま入手不可能となってしまう例が少なくないそうです。ISBNの付与されない出版物や限定・記念出版物が多いことも、その一因のようです。
 最近ではインターネットで探し当てることができたものも少なくないようですが、古書店やネット書店では海外に送ってもらえなかったり、支払方法が非常に限定的であったりといったことが問題になってしまいます。300円程度の本が、代理店を通したり、送料を負担したり、支払い手数料がかかったりして2000円近くにまでなってしまうこともある、とのことでした。支払方法が限定的であるために購入できない、あるいは割高になるというのは、日本語資料を扱う海外の図書館では大きな問題であるようです。
 また、マンガの選書・蔵書構築のための参考図書やツールが整備されていないことも、資料収集を難しくしているとのことでした。Donovanさん自身、まずその参考図書の収集やマンガのビブリオグラフィー(書誌学)の研究からスタートしたそうです。マンガについての研究目的の参考図書は、学術的過ぎて実用に即していない。実用できそうなマンガ特集のムック本などは、すぐに絶版になって入手困難になる。そもそも、マンガ雑誌の収録作品や記事を検索できるようなインデクスやデータベースが整備されていない、などの問題があるようです。

 コレクションの構築に伴い、その目録の作成が問題となります。オハイオ州立大学では、OSCARと呼ばれるOPACで「manga collection」というキーワードで一括して検索することが可能です。
 また、日本のマンガをカタロギングするための独自のガイドラインが作成されており、オハイオ州立大学の特殊コレクション目録部署のホームページに掲載されています。これは大学のカタロガー、マンガの目録を担当していた実務者、Donovanさんらの共同作業によるもので、改訂を繰り返して現在に至っているそうです。日本のマンガに特有の出版事情や形態、それに伴う書誌記述についての解説が含まれています。
 この日本マンガについての書誌レコードには、「Summary」と「Genre Terms」が記述されています。「Summary」は作品のストーリーなどをおおまかに英訳したもので、例えば以下のようなことが書かれています。

”A story about a wizard who works for the imperial court during the Heian period in Japan. He solves weird problems by using his magical knowledge based on the Ying yang cult.”

 また、「Genre Terms」は、日本のマンガに固有のジャンルを表す「Genre Terms」リストから、ひとつまたは複数を選んで記述するというものです。非常に多くの、かつ多岐にわたる用語がリストアップされています。LCの件名標目も併用するため、実際の書誌には以下のような記述がされることになります。

Oda, Nobunaga, 1534-1482 — Comic books, strips, etc.
Generals — Japan — Biography.
Historical manga.
War manga.
Samurai and ninja manga.

 日本人は必ず何かしらのマンガを読んだ経験があるため、どんなマンガであるか、どんなジャンルであるか、読者層は誰かなどがすぐに把握できる。しかしアメリカ人にはそれができないため、こういったSummaryやGenreの記述が欠かせない、とのことでした。

 Donovanさんは、Assistant Professorとして日本のマンガについての授業も担当しておられます。これは主に学部1年生を対象とし、毎回特定のマンガ作品について互いにディスカッションしあう、というものです。この授業を通して、学生同士が交流を深めたり情報交換のコミュニティを築いたりという効用があるそうです。Donovanさん自身、日本からの情報をまったくタイムラグなしに入手してくる学生たちに大いに刺激され、多くの有用な情報を得ている、とのことでした。
 そんなDonovanさんが危惧しているのは、ほとんどの日本の大学図書館・研究図書館がマンガを蔵書構築の中に有効に組み込んでいない、という点です。先述のようにマンガやその関連書籍はすぐに絶版になることが多い。一方、マンガを原典や資料として活用するような世代は今後増えつづけるはずである。日本でも保存・収集の取り組みが必要なのではないか、とのご意見でした。