30. 探しやすい書庫を目指して — Widener Library書庫のサイン・フロアマップ

 1月末、ハーバードのメインライブラリーであるWidener Libraryの書庫フロア(利用者が入庫可能)に、新しいフロアマップが設置された、という案内が、学内の図書館ニュースとして流れました。
 各フロア毎に設置された新しいマップは、蔵書の分類区分ごとに色で塗り分けられ、どの分野の本がどこにあるかがすぐに参照できるように工夫されています。Widenerの書庫内には、院生・教員用に割り与えられた予約制のキャレルがたくさん設置されているのですが、そのキャレルの位置もマップ上に記されています。
 このようなマップ、サイン、案内ガイド類を作成しているのは、Widener内での書庫管理・蔵書整理を専門に行なっているStacks Divisionというところです。この部署は、貸出部署・ILL部署・入館管理の部署とともにWidenerでのAccess Serviceを担っています。

 Widener Libraryはハーバード大学のメインライブラリーであり、アメリカで最古、世界でも最大と言える学術図書館です。郊外に保存書庫(Harvard Depository)はありますが、それでも300万冊を実際に館内書庫に収蔵しています。書庫は地上から地下までで計10フロア。さらには隣接するPusey Libraryの地下書庫をもその一部として使用しており、両館は地下通路で接続しています。棚の数は総計約9万棚で、その長さは80kmに及びます。
 図書を分類・配置するための請求記号には、現在のLC分類による番号と、かつて使われていた旧Widener分類による番号との2種類があります。両者は書庫内で別フロアに分かれることなく、同じ分野の図書が近くに配置されるよう、新分類の書架と旧分類の書架とが分野ごとに隣接して並んでいます。

 ”Organization of Widener Collections”
 http://hcl.harvard.edu/libraries/widener/docs/wid_stacks_org.pdf
 ”Call Number Location Charts”
 http://hcl.harvard.edu/libraries/widener/docs/wid_loc_chart.pdf

 このように複雑かつ広大に思えるWidener Libraryの書庫ですが、実際に利用者として入庫し、本を探してみると、思った以上にサインやマップがわかりやすく、目指す書架にたどりつくための工夫が随所になされていることがわかります。そこで今回は、利用者がスムーズに本を探すことができるように、どのような工夫・配慮がされているかを考えてみました。

・清掃・換気が行き届いている。
 廊下や書架間の通路は決して広いものではありませんが、その通路にゴミ箱やイス・テーブル、ましてや未整理の箱やケース類が放置されているということがありません。そのため見通しがとてもよく、目指す場所がどの辺りにあるのかをすぐに見つけることができますし、書架間の移動に手間取らなくてすみます。また、最近改装されたという大理石製の床ですが、塵や紙くずの類がまったく落ちておらず、書架にもホコリがほとんどありません。さらに、これも改装とともに導入されたという新しい換気システムが書庫内全域に設置されています。利用者は快適に保たれた空間の中で、落ち着いて、本を探すことに集中することができます。

・本が整然と並んでいる。
 書架の本はすべて整然と並んでおり、横倒しにされたり、重みで変形していたり、無理やり押し込まれたりということがありません。ブックエンドによってきちんと固定されているので、傾いていることすらほとんどありません。本の背表紙が前後にずれているということもなく、一直線に並んでいるので、目指す本の請求記号を目で追うことだけに専念することができます。
 書架の整理はStacks Divisionの学生アルバイト(50人〜90人程度)の仕事です。彼らは借り出された本を棚に戻すだけでなく、定期的に書架をチェックして、本を整然と並べたり、余裕を持たせるために移動したり、保存状態を確認して修復・保存処理のために抜き取ったりといったようなことも行います。また、正確で適切な配架・整理を行なうことができるよう、充分な量のトレーニングを受けます。たくさんのトレーニング用教材も準備されており、請求記号の構成と実際、本の並べ方、動かし方、効果的な配架準備、ブックトラックの動かし方に至るまで、さまざまなことが指導されます。これらの実践的で細部にわたる指導により、本を正確に並べることだけでなく、短時間でそれを行なうこと、適切な保存状態を保つことが実現されています。

・書架サインが、段階を追って導くように工夫されている。
 書架サインには、新分類のものと旧分類のものがありますが、どちらもレイアウトはまったく同じで、かつまったく異なる色(新分類=白地に臙脂色、旧分類=黄色地に黒)が使われています。書架から廊下側に張り出すように掲げられたサインには、アルファベットだけが大きく太く書かれ、しかもその開始位置だけにしかありません。これにより、利用者はすべての書架のサインをひとつひとつ確認する必要がなく、自分の探している分類のアルファベットを一目で見分けることができます。
 各書架の側面に掲示されたサインには、分類の第1段階であるアルファベットが大きく太く、第2段階である数字は控えめに書かれています。その下には、各番号ごとの分野名の細目がリストアップされています。利用者は該当する書架サインを目で追いながら、自分がいる場所が目指す分野の書架であるかどうかを確認することができます。

・サインの色やデザインが統一されている。
 書架サイン以外の、フロアマップ、階数表示、階段や行き先の案内、トイレや立ち入り禁止の案内など、すべて同じ臙脂色で、同じフォントが用いられています。ちょっと迷ったときに辺りを見回すと、すぐに臙脂色が目にとびこんできて、そこに目を向ければよい、ということが一目でわかります。
 また、要所要所に、まったく同じデザインの表・地図が掲示されています。場所によってそのデザインや色が変わっているということがないため、戸惑わずにすんでいます。

・情報が盛り込まれすぎていない。
 全館のフロアマップには、そこにどんな分野の本があるか、コレクションがあるかなどは一切かかれず、かわりに頻繁に使われるコピー機や検索用端末がくっきりとした目立つ色で示されています。分野やコレクションの案内は、別のガイドや表にその役目を譲っています。
 また、階段や通路を示すサインには、その行き先だけが示されており、やはり分野やコレクション名などは案内されていません。
 各フロアにどの分野・コレクションがあるかを示したハンドアウトでは、「この階のこのエリアにある」というところまでが示されるにとどまり、そこから先の詳細は各書架サインを参照することになります。こちらには逆に、コピー機や検索端末の情報は記されていません。

・コピー機・検索端末などが各フロアの同じ位置にある。
 各フロアのコピー機・検索端末が、階は異なっていても同じ位置に配置されています。これにより、コピー機・検索端末を探すのに迷わないですむだけでなく、それらを目印にしていま自分がどのあたりにいるのかを把握することもできます。

29. どこでもハーバード — WebサービスとPIN System

 ハーバード大学には、図書館に限らず、さまざまなWebサービス・Webコンテンツがあります。それらサイトへのアクセスを個々のIDとパスワードで管理しているのが、Harvard University PIN Systemです。

 Harvard University PIN System
 http://www.pin.harvard.edu/

 かつて7月の記事(7. Harvard Depository)でも少しご紹介しましたが、例えば郊外書庫にある図書を注文したり、自分がいま借りている本を確認したりというときには、蔵書検索システムであるHOLLISから「MyHOLLIS」にログインします。

 fig1:蔵書検索システム HOLLIS
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 HOLLISからログインするために「MyAccount/Renew」のリンクをクリックすると、画面はいったんPIN Systemの画面にジャンプします。

 fig2:PIN Systemログイン画面
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 この画面が現れたら、自分のIDとパスワードを入力します。このログインシステムは学内のほぼすべてのWebサービスに共通のものです。どのサービスでいつログインするときにでも、いったんこのPIN Systemの認証を通過することになります。
 また、IDは身分証番号(学生証・職員証番号)と同じもの。パスワードは身分証の発行と同時に手続きが行なわれます。
 正しいIDとパスワードが入力されると、いったん次のような画面が表示されます。

 fig3:ログイン成功画面
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 fig4:ログイン後は、もとのサービス画面に戻る
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 ログインが成功した後は、MyHOLLISならMyHOLLISのサービス画面に戻ります。

 このPIN Systemによる認証手続きは、学内のほぼすべてのWebサービスに共通して用いられています。

 fig5:MyHarvard
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 fig6:コース・ウェブサイト
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 fig7:HARVIE (職員用の人事給与情報などを取り扱うサイト)
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 fig8:学内ライブラリアン専用の業務情報サイト
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 fig9:大学で契約しているデータベース・電子ジャーナル類
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 大学で契約しているデータベース・電子ジャーナルへアクセスするときにも、このPIN Systemによる認証を受けます。この認証画面は大学外のネットワークからもアクセス可能ですので、ハーバード大学の構成員であれば、自宅や海外からでも変わらず契約データベース・電子ジャーナルを利用することができます。

 学生生活にもっとも密着したサービスが「Crimson Cash」と呼ばれるサービスです。これは学生・職員各自が自分の身分証番号をアカウントとして口座を持ち、現金やクレジットカードでその口座にあらかじめ入金しておいて、学内のカフェ・売店などで身分証を用いて支払いをする、というサービスです。

 Crimson Cash
 http://www.cash.harvard.edu/

 fig10:Crimson Cashにログイン後の画面
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 このCrimson Cashは学内各図書館でのコピー料金、プリントアウト料金の支払い、ときには図書返却を延滞したときの罰金の支払いにも使われます。

28. Google Library Project — University of Michiganにて

 Google Library Projectは、Googleと提携図書館による蔵書スキャン・インデクシング事業です。Googleが各提携図書館の蔵書をデジタル画像として読み取り、データ化して、全文検索を可能にするというもので、著作権の切れたものや出版者許諾の得られた図書などについては、全文または一部を無料で見ることができます。
 2004年12月、Googleが最初に発表したLibrary Projectの提携先は、Harvard、Stanford、New Yorl Public Library、Oxford、そしてUniversity of Michigan(以下UM)の5つでした。他の多くの提携図書館が、その提供資料を著作権の切れたもの、評価・選択したものに限っているのに対し、このUMでは内容・分野、年代、著作権の有効・無効に関わらず、ほぼすべての図書館蔵書をGoogleに提供しています。2004年の試行段階を経てスタートし、2005年にはGoogle Print(当時)サイトから、2006年にはUMからも順次提供が始まっています。

 University of Michigan Library
 http://www.lib.umich.edu/
 MBooks – Michigan Digitization Project
 http://www.lib.umich.edu/mdp/
 Google Books Library Project
 http://books.google.com/googlebooks/library.html

 1月末、このUniversity of Michiganを訪問し、Google Library Project担当者の方にお話をうかがうことができました。

●概要
・対象となるのは、学内図書館ほぼ全蔵書である約700万冊。2004年から6年間かけてスキャンしていく予定。現在、週あたり3万冊のペースで処理されており、いまのところスケジュールとしては予定通りである。(プロジェクト終了後の蔵書については未定)
・スキャンした後、資料の画像データとOCR処理されたテキストデータが、GoogleからUMに提供される。UMではこのデータを「MBooks」として利用者に提供している。
・蔵書の全文テキスト検索は、原則としてすべての資料で可能。全文閲覧は、著作権の切れたもの、及び、パブリック・ドメインのものについてのみ可能。
・参加への理由。(1)蔵書への検索・アクセスの新しい形をユーザに提供できる。(2)資料保存のための大規模な媒体変換が可能になる。(3)蔵書をデータとして活用することで、単なる蔵書本体へのアクセスを越えた、新しい図書館活動を期待できる。
・あくまで図書の検索・発見のためのものであって、全文をオンラインで無料提供することが第一目的の事業ではない。また、紙媒体としての資料の購入が減ることはないし、提供を減らすこともない。

●対象資料
・学内700万冊の、製本された印刷資料のほとんどがスキャンされる予定。
・対象とならない資料は、製本されていない資料(新聞、パンフレット、地図など)。印刷されていない資料(写本など)。サイズの大きい資料。破損などの理由でスキャンに耐えられない資料。
・2004年発表当時は、プロジェクトのスタートと発表をスムーズにするため、協議・検討に時間をかける必要のある図書館(法学図書館、貴重書図書館など、学内であっても別組織である図書館)は対象としていなかった。が、法学図書館も貴重書図書館も姿勢としては積極的であり、現在では蔵書スキャンを実行する予定である。

●スキャン・データ化作業
・出納・運搬・スキャン・データ化などにかかるすべてのコストを、Googleが負担する。スタッフの雇用もGoogleが行なう。
・スキャンは保存書庫であるBuhr Shelving Facilityの蔵書から開始され、順次、各部局図書館の蔵書にとりかかる。
・UMのあるAnn Arbor近郊の場所に、Googleが専用の建物を設け、作業場としている。(他の提携図書館の場合は、遠隔地の拠点作業所まで資料を運搬してそこでスキャンされる、というようなところもある。)
・スキャンに関する技術、方法、規模は公には発表されておらず、すべて秘密である。スキャン作業場がどこにあるかについては、UMの担当者にも一切知らされていない。
・Googleはスキャンにあたって、製本を解いたり壊したりすることはない。通常の図書館利用と同様に(慎重に)取り扱う。
・Googleスタッフによる資料の取り扱いとスキャン方法については、UM図書館・保存部署の資料保存の専門家が事前にチェックし、問題ないことを確認済みである。
・スキャンにあたっては、まず書架にあるすべての蔵書がGoogle作業場に持ち込まれる。そこで、物理的条件などからスキャンが行なえないもの(例:破損が激しい、紙質がもろい、製本が弱い、サイズが大きい、対象外資料(写本・非製本)など)があれば、スキャンされずに図書館に戻される。図書館は戻されてきた資料について、「製本・修復後再送する」「自前でデジタル化作業を行なう」などを判断する。
・スキャンが可能かどうかの判断は、その本が古い時代のものであるか、貴重であるかどうかよりも、物理的状態やサイズによるところが大きい。
・スキャンのために持ち出された資料は、その資料が現在どこにあるかがOPACに表示される。2-3日から2週間で再び元通り利用可能になる。

●画像データ・テキストデータ
・GoogleからUMに提供されるのは、画像データ(600dpiのTIFF。図版があれば300dpiのJPEG2000(カラー&モノクロ))、OCRで読み取ったテキストデータ(UTF-8)。各ページに関するメタデータ。
・日本語の資料も同様にOCR処理される。読み取りの正確さは、言語・文字種よりもむしろ、紙質や印字の状態、画質がクリアかどうかなどに左右される。
・UMにデータが届くのは、資料スキャンから3-6ヶ月後。

●MBooks
・UMのデジタル化された蔵書を「MBooks」と呼んでいる。
・MBooksは、UMのOPACであるMirlynから検索可能である。
・MBooksのシステム(利用者用閲覧インタフェース、OPACへの自動リンク、著作権管理データベースなど)は、館内の電子図書館の部署で開発したものである。
・Googleに図書を送るときに、書誌レコードとアイテムレコードを添付する。UMに画像データ・テキストデータが届き、MBooksのサーバに格納されると、OPACの書誌レコード・アイテムレコードに各デジタルデータページへのリンクが自動的に形成される。
・Pageturner(利用者用閲覧インタフェース)では、資料内の全文テキスト検索、画像・テキスト閲覧、現物の所蔵場所確認などができる。資料間の横断検索や履歴保存などは今後の課題である。

 MBooksおよびGoogle Books Searchの例
 「Pleasantries of English Courts and Lawyers」(英語・全文閲覧可)
 http://hdl.handle.net/2027/mdp.39015063810850
 http://books.google.com/books?vid=UOM39015063810850
 「5年後、10年後の”経営環境”」(日本語・閲覧不可)
 http://hdl.handle.net/2027/mdp.39015067608540
 http://books.google.com/books?vid=UOM39015067608540&pgis=1

●著作権
・蔵書の全文検索は、原則としてすべての資料で可能。全文閲覧は、著作権の切れたもの、及び、パブリック・ドメインのものについてのみ可能。
・蔵書をデジタル化することによって、資料の購入が減ることはないし、利用者への提供を減らすことも、学生のテキスト購入に影響を与えることもしない。
・権利情報のデータベースを構築し、どの資料はどのように提供すべきか/しないべきかを判断・蓄積している。権利状態は「パブリックドメイン」「米国内ユーザに対してパブリックドメイン」「著作権有効」「著作権者不明」「学内のみ利用可能」「オープンアクセス」など。理由は、「書誌から判断」「契約による」など。
・著作権状態の調査・判断は、UM図書館の専門スタッフ(知的所有権の専門家)が行なっている。Googleの判断や公開状態に倣っているというわけではない。
・著作権に関する調査は継続して行なわれており、その著作が公開可能と判明した時点で随時公開していくかたちになる。
・UM出版局とはまだ提携できておらず、公開の許可はもらっていない。

●その他
・UMはパブリック大学(州立)であり、このGoogle Library Projectについても出来る限りオープンにするよう、MBooksのWebサイト(http://www.lib.umich.edu/mdp/)でドキュメント・FAQなどを適宜公開している。
・Google Library Projectとは別に、デジタル化による保存・公開事業も、引き続きこれまでどおり力を入れてやっていく。Googleの技術・取り扱いにそぐわないようなレアブックコレクションのデジタル化など、現在までに15000冊を実現している。
・このプロジェクトは「資料を利用可能にする」という、図書館の持つ中心的なミッションのひとつを実現させるものである。UMでこのプロジェクトと同じことをやろうとすると、1600年はかかることになり、それが6年で実現できることの意義は非常に大きい。そういった意味でも、日本でこういうプロジェクトに提携できる機会を得たときには、いろいろな問題はあるとは思うが、それでも積極的に参加すべきである。

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