20. 学習活動のすべてをまかなう — Learning Commons (UMass Amherst)

 11月7日・8日、Amherstという街にあるUniversity of Massachusetts Amherst(以下、UMass Amherst)を訪れ、図書館の見学や日本語クラスへの参加などをさせていただきました。
 Amherstは、ボストンから西へ約100キロ、UMass Amherst、Amherst Collegeなど5つの大学が集まる、比較的小さな大学街です。
 州立大学であり、この街ではもっとも最大規模であるUMass Amherstは、学部学生約2万人、院生約2000人、教員約1000人。その広大なキャンパスのほぼ中心にあるのが、地上28階建てのW.E.B. Du Bois Libraryです。

 University of Massachusetts Amherst
 http://www.umass.edu/
 W.E.B. Du Bois Library
 http://www.library.umass.edu/

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 このUMass Amherstの図書館について話題になっているのが、近年新しくオープンしたLearning Commonsという施設です。これは、従来の図書館閲覧室・閲覧席のようにただ机といすのあるスペースだけを与えるのではなく、「そこにいるだけで学習活動のほとんどをまっとうできる場所」の提供を目的として設けられたものです。図書館とテクノロジーとキャンパス・サービスを融合させること。学生の日常的な学習・共同活動・コミュニケーションを環境としてサポートすることなどが、方針として掲げられています。その施設・サービスの充実ぶりと成功の様子は、日本でも注目されています。

 Learning Commons
 http://www.umass.edu/learningcommons/
 「UMASS Amherst 校図書館視察報告」(井上創造)
 https://qir.kyushu-u.ac.jp/dspace/bitstream/2324/8090/1/2006_006.pdf
 「インフォメーション・コモンズからラーニング・コモンズへ:大学図書館におけるネット世代の学習支援」(米澤誠, カレントアウェアネス No.289)
 http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/ca/item.php?itemid=1036

 図書館はこのLearning Commonsも含めて平日24時間開館しており、学生はいつでも好きなだけここに滞在することができます。学生の多くはキャンパス内の寮で生活しているので(1年生は入寮が義務)、朝晩を問わず利用できるこの施設はたいへん評判が良いようです。
 図書館の地階全体、面積約25000平方フィートのエリア内に、テーブル・一人席・グループ学習室・ソファなど、総計5-600人分ほどの席が用意されています。学習席のほとんどには計200台のデスクトップPCが備え付けられています。また館内には無線LANが設けられていますので、持参したラップトップPCや貸出用ラップトップPCを好きな場所で使うことができます。ソファやいすにはキャスターがついていて、学生が自分たちの使いやすいように席をアレンジできる、という配慮もされていました。また、17あるグループ学習室は声が漏れないようにガラスで囲われ、壁付のホワイドボードも用意されていて、ディスカッションには最適の場所です。とはいっても、もともとここでは”静かにすること”は求められておらず、むしろグループ学習・共同作業ができることを前提とした場所ですので、学生同士のおしゃべり・ディスカッションは当たり前のように行なわれています。
 エリア内にはその他にも、コピー機、プリンター、FAX、デジタル・スキャナなどがあります。自動販売機では、飲み物・食べ物・スナックのほか、ノートやCD-Rといった文具・小物類を買うこともできます。1階にはカフェもあり、Learning Commonsへ持ち込んでの飲食も自由です。ケータイでのおしゃべりはエレベーターホールのほか、cell phone boothというケータイ専用の小部屋で、と決められています。
 なお、PCやソファなどのほとんどは、寄付金を募ることによってまかなわれたものであるとのことです。

 さらに注目すべきは、ライブラリアンや学生スタッフらによる学習支援サービスです。Learning Commons内にはいくつかのサービスデスクやセンターがあり、学部学生の学習をそれぞれの方法でサポートしています。
 例えば、「Writing Center」が行なうWriting Supportは、学生のレポート・作文・論文などの執筆についてサポートしてくれるサービスです。このセンターには充分なトレーニングを受けた院生・学部生スタッフがいて、レポートなどの課題を抱えた学生に対し、文章の構成方法や読みやすさ・文体・文法などについて、相談にのったり個人レッスンをしたりといった形で手助けをしてくれます。「Writing Center」は、そもそも図書館とは異なる学内部署による教育プログラムであり、かつては学生会館に居を構えていたのですが、このLearning Commonsの設置を機に館内でサービスを行なうことになったそうです。
 「Career Services」は学内のCareer Services部署が設けた出張デスクで、就職情報の提供、個別相談、インターンシップやワークショップのコーディネイト、模擬面接やレジュメ作成の指導などを行ないます。また、「Academic Advising」も同じく学内の学生サービス部署が設けた出張デスクです。どちらもLearning Commonsの設置を機に、学生会館から館内にデスクを移転させました。
 なお、Learning Commonsとは別ですが、図書館10階には「Learning Resource Center」があり、特に学部1-2年生の学習指導を行なっています。ノートのとり方、学習の進め方などの基本的なスキル習得についてのサポートのほか、必要に応じて補習を行なったりもしています。
 ライブラリアンが詰めているのは、「Learning Commons and Technical Support Desk」と「Reference & Research Assistance」です。前者は3交代制のライブラリアンと学生スタッフが常時待機して、総合的なサービス・管理を行なっています。後者のほうでは、レファレンス・ライブラリアンが深夜まで学習・研究のサポートを行なっています。PCコーナーに隣接していて、何人かの学生が気軽に相談を持ちかけていました。個別相談に応じることができる小部屋も設けられています。

 この図書館を利用している学生に、実際に感想を聞くことができました。
 「寮の部屋や自宅より集中できる」「プリンタなど、自分の持っていない機器を利用できる」など、評判は良さそうでした。実際の利用を見てみると、Microsoft Officeでレポートやプレゼン資料を作成していたり、2-3人で話をしながら何かをしていたり、スキャナを利用したりと、従来の図書館閲覧室から一歩踏み込んだ活用がされているようです。統計によれば、当初の予想に反して、早朝でもそれなりの数の学生が来館利用している、という話も聞きました。
 ただ、学生の声でいくつか気になった点があります。ひとつは「人が多くて落ち着かない」というものでした。これについては、館内に「Quiet Study Area」が2箇所設けられています。Learning Commonsは確かに成功した施設かもしれませんが、それひとつ用意していれば事足りる、という短絡的な考え方ではなく、学生の多様なニーズに合わせた柔軟な姿勢が不可欠なのではないかと思います。
 もうひとつは「Learning Commonsでグループ学習などをしていても、参考図書などの本が必要になって、結局はその本がある閲覧室へ移動する」というものでした。Learning Commonsのある場所はもともと参考図書やマイクロフィルムが置かれていたエリアであり、その多くを書庫などにしまいこむことで捻出されたスペースです。が、それでもなお基礎的な参考図書はいまでも相当数がLearning Commons内に配架されています。PCに向かって検索したりレポートを書いたりしている学生たちの傍らには、分厚い本やテキストブック、プリント類が並べられていました。検索ツールの多くがオンライン化しつつあるとはいえ、授業の課題として図書にあたることを課題として与えられることもまだまだ多いのだと思います。席やPCだけでなく、書架に並ぶ図書へも24時間アクセス可能であることが、この図書館の強みであるように見えました。
 この施設の名前は、”Information Commons”でも”Learning Space”でもなく、”Learning Commons”です。ネットで情報を収集し、PCで編集すること。本にあたって知識を獲得すること。そして、人と人とがコミュニケーション・ディスカッションで刺激を与え合い、教え教わること。どの要素が欠けても”Learning Commons”とは呼べないのではないかと思います。

 

19. Harvard Depository見学

 7月にご紹介した、ハーバード大学の保存書庫、Harvard Depositoryを実際に訪問・見学する機会を得ました。
 Harvard Depository(以下、HD)があるSouthboro Campusは、大学のメインキャンパスであるハーバードヤードから西へ約40km、車で30分ほどの郊外に位置しています。ここには各図書館の蔵書のうち、利用頻度の比較的低いものが納められています。欲しい本がある利用者は、OPACの検索結果画面で自らリクエストを送ることができ、翌日には指定した図書館で受け取ることができます。

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 Harvard Depository
 http://hul.harvard.edu/hd/

 7.「Harvard Depository」
 http://www2.kulib.kyoto-u.ac.jp/harvard-diary/?p=24

 HDの最初の書庫がオープンしたのは、1986年。需要に応じて増設していけるよう、ユニット式の構造が採用され、その後、現在までに計6つの書庫ユニットが設けられています。地上3階建ての高さの建物の中に、高さ約9メートルのスチール製書架が並び、6書庫合計で約1120万冊の図書を収蔵することが可能です。ちなみに、近年多くの図書館が採用しているのは機械化された自動書庫ですが、このHDは自動書庫でも集密書架でもなく、固定式の書架を採用しています。HDのスタッフが専用のリフトを使って、直接棚から資料を出し入れします。各所蔵館のスタッフが資料にアクセスすることはなく、検索・出納を行なうのはHDスタッフのみです。

 このHDの最大の使命は、「資料を長期間にわたって保存すること」です。そのために必要な、安全で信頼できる保存環境作りのため、様々な努力がなされています。書庫内全体は年間を通して温度10℃・相対湿度35%に保たれており、急激な温度変化が生じることのないよう、常時監視されています。他にも、紫外線カットフィルター付きの蛍光灯、水漏れのないよう分厚いゴムで覆われた屋根、酸性物質の伝播を防ぐ中性素材の梱包資材、換気システムによるホコリの除去、さらに低温・低湿度のフィルム資料専用書庫など。書庫だけでなく、リクエストされた図書を各図書館へ配送するための運搬車内も、温度湿度管理がなされています。さらに、このHDで実際に資料を扱うスタッフは、事前に各種資料の適切な取り扱いについてのトレーニングを受けているとのことです。
 以上のような努力の結果、このHDで保管された紙資料の寿命は、典型的なオフィス環境における寿命の8倍にあたる、という見積りが学内の保存専門部署から出されています。また、HD内ではいわゆる”貴重書”の類を別置するということはせず、一般の図書と同じ扱いで保管しています。いずれにしろ完璧な保存環境だからだそうです。
 この資料と保存環境とを守る努力は、資料をHDに送る各図書館の側にも求められます。各館は、学内の保存部署が定めたガイドライン(「Transfer of Library Materials to the Harvard Depository」http://preserve.harvard.edu/guidelines/hdtransfer.html)に従って準備をしなければなりません。資料が特殊な形状であったり、壊れやすい状態にある場合には、封筒に入れる、箱に入れる、紙で包む、紐でしばるなど、それ相当の梱包が必要です。また、ほかの資料に悪影響を及ぼすことのないよう、ホコリやカビはあらかじめきれいにクリーニングされていなければなりません。カビの付着した図書が届いた場合、HDは所蔵館にその資料を返送するそうです。逆に、適切な梱包さえされていれば、壊れやすく過敏な状態にある資料はHDに送って保管されるべきであるということを、HD自身が推奨しています。

 もうひとつのHDの重大な使命は、「資料の検索・出納を可能にすること」です。スペースの節約のため、HD内の資料は請求記号・分類などをすべて無視され、サイズ別に仕分けられて棚に収められます。これらを検索し、必要に応じて出納するため、すべての資料にバーコードの貼付が義務付けられています。
 HDに到着し、サイズ別に仕分けられた図書は、資料を収める紙製のトレイに収められます。このトレイにもバーコードがついており、スタッフによって図書のバーコードとトレイのバーコードとがスキャンされ、専用のデータベースに登録されます。なお、スキャン時のミスや漏れを防ぐために、このスキャン作業は2度行なわれます。また、資料の混同や逸失を防ぐ目的から、ひとつのトレイ内に別の図書館の蔵書が混ぜられることもありません。さらには、資料の保全とスムーズな出納のため、ある程度の余裕を持たせた状態でトレイに詰められます。
 図書の収められたトレイは、リフトで書架まで運ばれ、スタッフの手によって棚に収められます。書架の棚ひとつひとつにもバーコードが貼付されており、トレイと棚のバーコードがスキャンされます。これらの作業によって構築されたデータベースを元に、資料の検索・同定・出納が行なわれることになります。
 「7. Harvard Depository」(http://www2.kulib.kyoto-u.ac.jp/harvard-diary/?p=24)でご紹介したように、利用者から図書のリクエストが届くと、そのバーコード番号を元に該当する図書が書架から取り出されます。通常であれば、リクエストの翌日(朝7時以前のリクエストなら当日)午後2時までに、指定された図書館にその図書が届けられます。緊急時には、即日に処理・配送されるサービスもあるようです。なお、返却された図書は、元あったトレイに収められます。

 以上のような、”保存”・”検索・出納”に対する厳しい品質管理のもと、現在約660万冊の資料が保管されています。このHDによる保存書庫の管理方法は、国際的にスタンダードなものとして認められ、イギリスやオーストラリアなどで採用されているそうです。
 実際に見学して強く感じたのは、このHDはあくまでも「本を活きたまま保存するための書庫」であるということです。決して、邪魔になったものを追いやるためのものでも、古い本を死蔵するためのものでもありません。必要な本はバーコード番号さえ判ればすぐに取り出される。どこに何があるかが確実に判る。狭い場所にぎゅうぎゅうに押し込まれるのではなく、ある程度の余裕を持って安全に収められる。通常の書架以上に適した環境が保たれ、資料の状態に合わせた梱包がなされる、といったような、最大限の配慮がなされています。
 それは、ハーバード図書館が、すべての本を現物として尊重し、それらは誰かに使われるためにあること、かつ永年にわたって守られなければならないものであることを、原則として認識していることの証ではないかと思います。

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