38. 韓国古典籍コレクションデジタル化プロジェクト — ハーバードの蔵書デジタル化事業

 ハーバード大学をはじめとするアメリカの大学図書館では、図書館蔵書、特に著作権の切れたものや古典籍資料、写真・図版資料について、そのデジタル化とインターネットによる公開が非常に盛んです。ハーバード大学には図書館内の組織としてImaging Service(学内で撮影・画像作成を行なう)、Digital Repository Service(デジタルデータの保存・公開を請負う)など、専門の部署・サービスが設けられており、蔵書デジタル化事業を支援する”学内インフラ”として機能しています。
 今回は、イェンチン図書館における韓国古典籍コレクションを例に、ハーバード大学図書館における蔵書デジタル化事業の実際を追ってみたいと思います。

 National Library of Korea – Harvard-Yenching Library Korean rare book digitization project
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 現在、イェンチン図書館と韓国国立図書館との共同プロジェクトとして、韓国古典籍コレクションのデジタル化が進められています。これは、イェンチン図書館にあって韓国本国にない約500タイトルの古典籍をデジタル化するというものです。もともと韓国国立図書館では、韓国国内や日本・中国の韓国古典籍のマイクロフィルム化・デジタル化を継続的・網羅的に行なってきており、本プロジェクトはアメリカでの初の事業ということになるそうです。2006年にプロジェクトの計画と交渉がスタートし、実作業は2007年夏から3年間。撮影・デジタル画像作成はハーバード大学とイェンチン図書館で行ない、年間約6万ドルと見積もられる費用は韓国国立図書館が負担、画像データは双方がそれぞれ所有・公開する、という契約です。
 このプロジェクトの実作業は、以下のようなステップをとっています。

 Preservation 保存状態確認
 Digitizing 撮影・デジタル化
 Repository 格納・公開
 Cataloging 目録

● Preservation 保存状態確認
 ハーバード大学図書館には、Weissman Preservation Center(WPC)という貴重資料専門の保存部署があります。学内の古典籍や特殊資料(貸出用蔵書ではないもの)について、保存状態をチェックしたり、修復・保存のための処置を施したり、破損などをあらかじめ防ぐ措置をとったりといった活動を行なっています。

 Weissman Preservation Center(WPC)
 http://preserve.harvard.edu/wpc.html

 イェンチン図書館の韓国資料担当者によって撮影対象資料が準備されると、撮影に出されるより前に、このWPCからconservator(資料保存専門家)が派遣されてきて、現物の状態をひとつひとつチェックします。その結果、例えば破損のためそのままの状態では撮影に耐え得ない場合には、WPCに一度持ち帰られて修復処理がされたり、製本がきつくてページが充分に開けない場合には、WPCでいったん製本を解いてから撮影されたりといった対応がなされます。保存状態があまりにも悪すぎる場合には撮影中止の勧告がなされますが、本プロジェクトにおいてはこれまでそういった例はないようです。
 このWPCによる保存状態チェックという手順は、どのプロジェクトでも同様に行なわれます。

● Digitizing 撮影・デジタル化
 資料の撮影は、ハーバード大学図書館内の資料撮影専門部署であるImaging Serviceによって行なわれます。Imaging ServiceはWidener Libraryの地下にあり、ハーバード学内各図書館からの依頼によって、蔵書の写真撮影と印刷、マイクロフィルム作成、デジタル画像作成や、そのための資料保存・目録・メディア変換などを行ないます。

 Imaging Service
 http://hcl.harvard.edu/info/imaging/

特に古典籍の類は外に持ち出して外部業者に撮影してもらうことができず、学内で撮影できることが理想的です。このImaging Serviceには大勢の技術者・画像専門家が勤めており、また複数種類の撮影機材やスタジオが設けられていて、質の良い写真・画像データを比較的低コストで作成してもらうことができます。ただ本プロジェクトに関して言えば、撮影者が韓国語を理解していないために、撮影のとばしやダブりがどうしても生じてしまうようです。
 撮影はデジタルカメラで行なわれ、TIFFやJPEGによる画像データが作成されます。

● Repository 格納・公開
 作成されたデジタル画像は、Digital Repository Service(DRS)が提供しているデジタルデータ保存システムの中に格納されます。これはハーバード大学図書館のOffice Information System(OIS)という部署が管理・提供しているサービスで、画像や音声などのデジタルデータを永年保存し、検索機能やブラウジング機能とともに利用者に提供するというものです。ハーバード内のどの機関でもどのプロジェクトでも、必要に応じて使用することができます。
 格納された古典籍資料のデジタル画像を閲覧する際に使用されるのが、Page Delivery Service(PDS)というシステムです。書籍形態のデジタル画像を、実際の書籍のようにページごとにブラウジングしていくためのインタフェースです。

 例:寶林寺事蹟
 http://nrs.harvard.edu/urn-3:FHCL:1187878
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 一般のwebブラウザでそのまま使用することができ、基本的なナビゲーション、ツールのほか、資料によっては目次情報の提供、全文テキストデータの検索、印刷用PDF作成なども可能となっています。(非ラテン文字資料、古典籍資料など使えないものもあります)
 なお、このDRSやPDSで表示されている簡易書誌は、イェンチン図書館の韓国資料担当者が準備したもの。PDS上で提供する際に必要なページ・ファイル番号などの管理用メタデータはImaging Serviceが作成したものです。
 また、本プロジェクトで作成された韓国古典籍資料の画像データは韓国国立図書館でも所有され、近年中に本国のWebサイトからも公開される予定である、とのことでした。

● Cataloging 目録
 蔵書のデジタル化事業にあたっては、Preservation(保存)の問題とともに、このCataloging(目録)が必ずセットとして取り組まれています。
 本プロジェクトの場合、HOLLIS(ハーバード図書館の蔵書検索データベース)内に収録されている韓国古典籍の書誌レコードに、各資料のデジタル画像へのリンクが記述されています。

 例:寶林寺事蹟
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 また、プロジェクト名が書誌レコードに注記として新たに書き込まれていますので、本プロジェクトによってデジタル化された資料を一括検索することも可能です。(多くのデジタル化事業でこの手法が採られているようです。)

 National Library of Korea – Harvard-Yenching Library Korean rare book digitization project

 本プロジェクトで撮影対象となった韓国古典籍資料は、すべてその書誌レコードがすでにHOLLIS内に登録済みでした。このため、実際にCatalogingとして行なわれた作業としては、イェンチン図書館の韓国目録担当者の手による、手動でのリンク情報・所蔵情報の編集のみにとどまっています。

 本プロジェクトでは、当初、各資料の目次情報を作成してナビゲーションのひとつとして提供する予定でしたが、韓国古典籍資料とその内容に詳しいスタッフを雇用することが難しく、実現できずにいるそうです。
 また、イェンチン図書館には本プロジェクトの対象資料以外にも、数多くの韓国古典籍資料や写真資料などが所蔵されています。そのデジタル化を実現させるために、現在その基金獲得を試みている、とのことでした。