縄文ZINE編『土偶を読むを読む』(#egamidayの貸棚書店)

 縄文ZINE編. 『土偶を読むを読む』. 文学通信, 2023.

 土偶に興味・知見がない人でも読めるし読んでいいし、ていうか私が土偶に興味なかったですけどでも、特に後半は(考古歴史に限らず)学術・科学をこれから学ぼうとする人であれば読んでおくべきところかと思います。
 前半は、『土偶を読む』をひと目ひと目潰すように検証していくパートで、検証というか反論というか、ニセ科学へのダメ出しなので、ある種パズルの解き方編を鑑賞しているようなものです、土偶に関心なくても論理うにゅうにゅを味わうのが好きな方には読み応えあると思います。(その反論が正しいのかどうかは、私では即断できませんので置いておきます)
 それをふまえたうえでの後半は、縄文・土偶研究のまとめがされる層と、専門知・学術(「科学」とあまり言われてないけど、科学でいいのではと思う)のあり方が論ぜられる層とが、折り重なっている感じのパート。おおむね専門知・学術の層のほうを中心に拝読しましたけど、何が問題だったか、どうするべきか/べきだったかというのが、わかりやすく書かれてるんですね。たぶん、『土偶を読む』を読んでた人に読まれることを意識してそこ向けに、ということでそうなったのかもしれないんですが、だとすると不幸中の幸いというか、”専門知”とは何かという議論に入門的に触れられる効用のある、という意味で結構得難い本になってるんじゃないかと思います。学部生さんに吉。
 専門知と科学の違い、的なところがもうちょっとあればよかったかな、というのと、あと、揶揄表現無しに淡々冷然と否定していくほうが効果あるのでは、って思っちゃうのは京都的なあれですかね。
 それにしても、ニセ科学にしろ歴史修正にしろ、一度出ちゃったものをちゃんと否定することの大事さと、重労働さへの絶望感と、で、なんでそういうのに限って人気出ちゃうの問題(永遠の)あたりは繰り返されてきたことながら、じゃあせめて外野が燃料注がないでほしい、しかも背中から、というのが今回のさらなる問題だったみたいですね。図鑑が「全国学校図書館協議会選定図書」となってるあたりこっち側の火事でもあります。

 一回読んだくらいなので、新品に近いです。

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恩田陸『酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記 : イギリス・アイルランド』

 恩田陸. 酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記 : イギリス・アイルランド. 講談社, 2005.

 海外へ行く時に必ず持っていく本、その2です。
 これも紀行のうちですが、とにかく酒が好きで、パブとギネスの国であるイギリス・アイルランドへこれから行こうとするんだけど、とにかく飛行機が嫌いで乗りたくない、という恩田陸の、苦悶あふれる想いが延々と綴られるエッセイです。
 なにせ、飛行機に乗りたくないのに乗らなければならない、その恐怖、苦しみ、うらみつらみ、現実逃避しようとするあれやこれやが冒頭から続くのですが、もちろんそこは恩田陸の人の文章力ですからコミカルさも満載だし、客観的な自己分析も説得力あるし、映画文学音楽の教養に根ざした話の分厚さもあって、ぐいぐい読ませにかかってくるわけです。
 で、到着すれば、とにかく酒が美味い、読んでるだけでこんなにも酒が美味い酒場エッセイパート。そしてイギリスやアイルランドの土地や名所や人々を描く旅行エッセイパートもまた、読んでるだけで旅がしたい。ストーンヘンジ周りのあれこれを描きだす目と言葉、もそうだけど、タラの丘での幻想瞑想あたりなんかは、作家の脳内にダイブさせてもらえたようなぜいたくな文章だなと。
 そしてなにより『小心者の海外一人旅』と共通するのが、これが著者初めての海外旅行ということであり、旅行事務をめぐるあれこれをはじめとする海外あるあるや旅先どたばたが全体を通していて、コミカルであったりじんみりしたり。そういう、旅先の非日常も日常もひっくるめて、ああ、この人が飛行機への恐怖をおしきってでも旅に出てくれて、そして書いて読ませてくれて、ほんとによかったなあ、と(もちろん恐怖部分は人ごととして)思えるわけです。
 ごめんなさい、実はというかたぶん、恩田陸さんの他の小説類ってたぶん読んだことがないのですが、この1冊はやはり何度読んでもいつ読んでも飽きない、”旅に出させろ”力が激高のお気に入りです。旅が好きで、酒が好きなら、(飛行機は問わず)まちがいなく好きなやつだと思います。
 単行本と文庫版がありますが、脚注のおもしろさを味わうという意味では見やすい単行本がおすすめではあります。

 恩田陸. 酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記 : イギリス・アイルランド. 講談社, 2005.
 https://www.amazon.co.jp/dp/4062127636

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西口克己『祇園祭』(#egamidayの貸棚書店)

 西口克己. 『祇園祭』. 弘文堂, 1968.

 7月になると京都文化博物館で毎年上映される『祇園祭』という映画があります。公開は1968年、京都府全面協力による制作。萬屋錦之介、岩下志麻、三船敏郎、渥美清その他その他という豪華な俳優陣により、室町時代の荒れ果てた京都を舞台に、町衆たちが自治の力で祇園祭を再興していきました、という、そりゃこの時期に上映したいですね。
 その、原作小説です。
 おおむねの筋書きはだいたい前述の通りではあるんですが、これをどう見るかと考えたときに、もちろん歴史小説でもあるし、熱い想いを描いた人間ドラマでもあるし、血なまぐさい戦さもの、あるいはそれに対する反戦平和メッセージでもあり、それらをふまえた人民の人民による自治への目覚めを描いた社会派小説とも言える(というか著者はそのつもりっぽい)んですけど、私個人的な見方というか感想としては、これってひとつの”プロジェクト・マネジメント”だな、と。
 もちろん、主人公がヒーローっぽく描かれもするんですが、とはいえ、史実にしろ物語上にしろ祇園祭の再興なんて一人の情熱情念だけでできるってことはないわけなんで、じゃあそれをどう実現していくの、艱難辛苦を解決していくの、と。例えば前半(ていうかほぼずっと続く)、異なる幾つものコミュニティが血で血を洗う対立を繰り返す絵に描いたような憎悪の連鎖を、止めるのか止められるのか、という交渉説得かけ引きをどうするのか、互いを調整しまとめていけるのか。そして、それを経て(やっと)祇園祭再興に乗り出す段になると、鉾はどうするか、囃子は、飾りは、予算は、あれもこれもやらなあかんのを、各コミュニティがどう取り組んでいくか。いやそもそも、戦乱期に断絶した記憶の復元をどうするのか。挙句に幕府が止めろと弾圧してくるのを、それでも強行する大義名分=物語をどうするのか。そのひとつひとつが積み上がって、最後の最後、この祭は一本や二本の矢では止まらない、というお涙なシーンがありますが、むしろ逆で、この祭を一本や二本の矢で止まらないような強固なものにするためのプロジェクトだったんだなこれ、そりゃ止まらんでしょうと。
 ともあれ、よろしければ読んでみて、かつ映画もご覧になってみてください。
 加えて、下記あたりの論文も合わせて読んでみられると面白味がさらに増すでしょう。

 京樂真帆子. 「映画『祇園祭』と歴史学研究 : 「祇園会じゃない祇園祭」の創出」. 『人文學報』. 2020, 115, p.157-191.
 https://doi.org/10.14989/252822

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