「日欧DHクロストーク2023 : 大学図書館による研究支援のこれから」の実施記録めいたメモ

 きっかけは、やっぱりコロナ禍です。

「この難局で、突然不如意だらけで、そこで”今まで通りのこと”を無理くりやろうとすると、そりゃ手詰まりだらけで呪いたくなる。それよりも、いまこの環境下でしかできないような”新しいこと”を考案して取り組むほうが、またとないチャンスで違うステージに行けるし、結果コスパいいのでは」
 https://twitter.com/egamiday/status/1249794668851675136

 コロナ禍発生直後、2020年4月に考えていたことのツイートです。

 そう考えるようになったのも、以前からお世話になっていたあるアメリカのライブラリアンのあるMLへの投稿に感銘を受けたから、でした。教員や学生が混乱を極め何もできそうにないと言う中、彼女はライブラリアンとして、あれができる、これならできる、新しいものを眈々と探しては手控えておいて、時機が来ればそれを出す。「特に心配はしていない」という言葉は説得力と頼もしさにあふれていて、「ピンチをチャンスに変える」という世にありふれたフレーズの本当の意味がわかったような気がしたものでした。

 なので、自分としてはコロナ禍当初から、「行動/あり方をコロナ禍前に戻す」というような発想は、ほぼ持って無かったわけです。いまもそうです。
 いや正直、これって5年くらいは完全には終わらんだろうと思ってたんで、だったら”戻す”努力よりは、ていう。
 え、ていうかこのころみんな、ニューノーマルニューノーマルってやたら言ってましたよね。

 それ以降、あれやこれやがオンラインでまかなわれはじめ、それらのいくつかではコロナ禍前には無かった便益がもたらされるようになり、そしていくつかは定着しつつあるように見え。
 自分自身も、コロナ禍前には参加しづらかった、参加してたけど結構しんどかった、あるいは参加できるとは発想すらしなかったような会に、なんか当たり前のようにスルッと参加できてたり。
 という体験を積んできておりました。

 AAS in Asia、これはアジア研究学会(AAS)というアメリカの学会が、年1回のペースでアジア圏内を会場にした学会を開く、というもので、2020年夏は神戸が会場だったため、アメリカ+関西圏の図書館関係者数人に声がけしてパネルセッションを1つ持つ、という申請をしてたんですね。これがコロナ禍で全面オンラインとなり、zoomでパネルセッションをやったわけですが、結果的にこれって、アメリカの研究者・司書たちに、アメリカにいるままで、日本の関西圏の、しかもおそらくAASのような学会に現地まで出向いて登壇することはしなかっただろう人たちの話を届けることができたし、その存在を知らしめることができた。と認識しています。

 あ、これなんだな、と。これが当たり前になっていくんだなと。

 これをふまえて、コロナ禍2年目のEAJRSがオンラインをメインに開催されるというので、だったら個人個別の発表だけでなく、日本とヨーロッパと両方からの参加者が会してトークセッションのようなことができたらいいよね、それって、コロナ禍前の現地開催オンリーではできなかったけど、いまだから新たにできることでしょう。
 という意味で、つまり”ステイホームの代替案”としてではなく”新たな便益をもたらす企画”として提案し、たくさんの人に無理をお願いしつつ短時間ながら実現した、というのが、以下の”クロストーク”企画です。

・「デジタルヒューマニティーズと図書館の役割 : リソースをめぐるクロストーク」
 https://www.eajrs.net/panel-discussion-2021

 登壇者のみなさんのおかげで好評を得ることができ、コロナ禍3年目(2022年)のEAJRSは現地とオンラインのハイブリッドでしたが、2回目を持たせていただくことができました。

・「デジタルアーカイブのコンテンツをどうしたら欲しい人に届けられるか」
 https://www.eajrs.net/how-can-we-deliver-digital-archive-contents-2022

 司会のはずの自分もオンラインという。
 そしてここでも、コロナ禍前だと現地参加まではかなわなかったであろう人に日本から参加してもらい、EAJRSデビューさせることができて良かったねえ、という感じでした。

 ですが、風向きは変わりつつあります。
 いくつかの会がちょっとづつ、現地対面オンリーです、みたいになっていく。
 しかも、あたしが好んで参加しそうな会なんか、図書館ならまだしも、情報化とか、デジタルアーカイブとか、そういうオンラインに親和性が高いどころか率先牽引するようなところだと思うし、その会の内容で話されることとしては「デジタル進めていきましょう」ではあるんだけど、でも、現地対面オンリーです、みたいな。配信も録画もないです、っていう。
 え、ウソでしょう、にわかには呑みこめない、みたいになるわけです。

 もちろん、ある特定のメディアに固執する必要は毛頭無いと思うのですが、メディアなんて選択肢多い方がいいにこしたことはなく、そしてこの数年の経験で確認してきた、オンラインだからこそ得られる便益をむざむざと手放すことはなかろうし、手放したくないな、と。
 リアル対面では会せなかった/会すると思わなかった、存在も認識しなかったような人同士が、物理的な場所、国や地域、職種や立場をも時差をも越えて、オンラインで会し、話し、ディスカッション、意見交換しあう。
 そうすれば、国内の議論、あるいは同じ立場や環境下の者同士だけの議論では、得られなかったような知見に触れることができるんじゃないかな、ていう。

 というわけで。
 前置きが長くなりましたが(前置きだった…)。

 日欧DHクロストーク2023 –大学図書館による研究支援のこれから–
 https://sites.google.com/view/ejdhxtalk20231107

 多くの方々のご協力・ご支援のもと、こういうオンラインイベントをおこないました、というのの、メモです。

●概要
・webサイト(配付資料あり)
 https://sites.google.com/view/ejdhxtalk20231107
・当日動画
 https://youtu.be/tm6mggzdU_U
・デジタルアーカイブ学会第 8 回研究大会サテライト企画として開催

○日時
 2023年11月7日(火)
 (日本時間)18:00-20:00 / (欧州中央時間)10:00-12:00

○構成
(第1部:事例報告)
・ケンブリッジ大学Cambridge Digital Library:セミナーのご報告 / 永崎研宣(人文情報学研究所主席研究員)
・ベルリン自由大学図書館のMultilingual Digital Humanities Labと NFDI4memory向けの研究サービスの発展 / Cosima Wagner(ベルリン自由大学学術司書)
・オスロ大学Digital Scholarship Center / マグヌスセン矢部直美(オスロ大学司書) 
・チューリッヒ大学司書によるワークショップ / 神谷信武(チューリッヒ大学司書) 
・日本における動向・事例レビュー / 江上敏哲(国際日本文化研究センター司書) 
・「中村哲著述アーカイブ」への取り組み / 平野かおる(九州大学司書) 
・渋沢栄一記念財団情報資源センターにおけるデジタルリソースの活用について / 茂原暢(公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センター長) 
・日本の大学図書館における研究データの発信 / 高橋菜奈子(東京学芸大学司書) 
(第2部:ディスカッション)
 神谷信武(チューリッヒ大学司書)
 高橋菜奈子(東京学芸大学司書)
 福島幸宏(慶應義塾大学准教授)
 マグヌスセン矢部直美(オスロ大学司書)
 (司会) 江上敏哲(国際日本文化研究センター司書)

●企画の趣旨・意図

 公式な趣旨文は以下のように出しています。
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 情報学を人文系の研究に導入するデジタル・ヒューマニティーズ(DH)が注目されています。日本の伝統的人文学ではまだ発展途上ですが、北米・ヨーロッパ等の海外では人文学全体でデジタルの手法をつかった研究が活発化しています。そこに大学図書館やライブラリアンが貢献している例も少なくありません。
 図書館はデジタルヒューマニティーズにどこまでかかわることができるでしょうか?
 デジタルアーカイブや研究データなどの資源はどのように活用されるでしょうか?
 新しい世代の学生・研究者に向けて、図書館の役割はどう変化していけるでしょうか?
 今回のクロストーク企画では、日本とヨーロッパのライブラリアンが集う場をオンライン上に設けます。ヨーロッパ側からは、デジタルヒューマニティーズを支える図書館のさまざまな活動について。日本側からは、図書館が国内外に発信するデジタルアーカイブやその運営・活用について、それぞれ報告をおこないます。それをふまえて後半では、日本とヨーロッパ両方からのパネリスト、さらには参加してくださるみなさんも含め、国内での議論とは異なるさまざまな視点からの意見交換をおこないます。
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 日本側の参加者として多く見込まれる”大学の図書館員”に向けたメッセージであるところが大半、ではありますね。 

 以上は”内容”に関する”オフィシャル”な趣旨ですが、ただ他意は無いというエクスキューズのもとに白状すれば、個人的には”内容”はどのような話題をどのように扱っても良い、と思っていたというのが正直なところです。
 それよりも極私的な意図としては、前置きをふまえて言えば、「リアルでは会えないような、日本とヨーロッパの司書・図書館関係者同士が、オンラインによって会することで、ディスカッションしたい!」というところでした。日本側参加者として多く見込まれる”日本の大学の図書館員”は、まだまだそのほとんどが””ヨーロッパの日本研究司書”や”ヨーロッパでDHを実践/支援する人”の話を直に聞くという機会も無いでしょうけど、コロナ禍以降、それを軽やかに実現できる術がせっかく普及浸透したんだから、その旨味をもっと活用しましょうと。
 なので、「日本とヨーロッパ」という地理的に、だけでなく、「研究者と図書館司書」、「実践者と支援者」、「企業関係者と大学関係者」、そういう多様なギャップをも、ここでは越えて会することができ、ギャップが可視化され、そしてそのギャップによっていままで触れたことなかった考え同士を意見交換できたら、それもう最高なんじゃないかなって。
 正直、もうそれだけで最高すぎて、ここで内容的な解決なんかできなくていいし、結論なんか出す必要ないし、参加者の内にもやもやがのこったって、いやむしろもやもやを増やすだけ増やして次につなげてもらったほうがよっぽどいいし、とにかくギャップのある者同士の意見の交換と流通をしあいなんなら不協和音を感じてもらいましょう、という感じで少なくともあたしはのぞんでたので、参加したはいいけど「あれなんだったんだろう」と思われた方、すみません、それが正解です。(ぶっちゃけ、DHも研究支援も生成AIも、まあどうにかなるようになるだろう、くらいにしかあたしは考えてないです。)
 といいつつ、そういうギャップのある者同士の意見交換によって、できることならば、「日欧間のDA/DHの理解のズレを可視化してみたい」とは一応思ってました、とだけ言い訳しておきます。

 なお、そういう趣旨なら、人選が日本語話者だけなの偏ってないか?と思うのですが、うん、”言語の壁”はまだまだ厚いですね。あと、ヨーロッパだけでなくアジアや他の地域も、ということになると思うのですが、このへんはオンラインが普及しることで今度は”時差の壁”が佐藤二朗のごとく立ちはだかるわけで、リアルタイムな議論についてはまた別の機会にということにどうしてもなります。
 ただ、その”時差の壁”(地理的にだけでなく個々人のご事情によるものも含め)については「タイムシフト」という現代人の権利を保障するかたちでなんとかしたい、という思いのもと、アーカイブは意識してました。動画は公開(本人希望によるカットをのぞく)、配付資料やチャットもできるだけのこしておきました。このあたりは実際に北米の司書の人たちからリクエストが複数あったので、実現できてよかったと思っています。

●準備その他
 ディスカッションパートの登壇者司会者である5人をコアなメンバーとして、8月頃からちまちま準備していました。ご協力いただいた登壇者4人のみなさんには、この場を借りてあらためて、厚く、篤く、熱く、感謝申し上げます。それは、事例報告でご発表いただいたみなさん、ほかにもいろいろとご助言・ご助力いただいたみなさんも、もちろん同様です。2時間の開催時間の中であまりちゃんとフォローできなかった方もいらっしゃると思ってて、それは申し訳ないです。(そういうのを閉館後に対面でフォローできないあたりが、オンラインのデメリットかもしれないですね。)

●当日の内容
 以下、当日の内容を、あくまで自分目線で心に留まったものをざっくりメモしたものです。
 詳細は録画(https://youtu.be/tm6mggzdU_U)を。

○ベルリン自由大学図書館のMultilingual Digital Humanities Labと NFDI4memory向けの研究サービスの発展 / Cosima Wagner(ベルリン自由大学学術司書)
・学内にDHセンターを新設。地域研究におけるDH環境整備が遅れていることから、マルチリンガルDHラボを設立している。
・国家研究データインフラストラクチャ(NFID)の中に人文科学コンソーシアムがあり、その中にある4memoryは歴史に関する研究データサービス
・図書館の役割は、コネクター、学際的でニュートラルな空間、学問分野の違いを越える

○オスロ大学Digital Scholarship Center / マグヌスセン矢部直美(オスロ大学司書) 
・Digital Scholarship Centerを、2022年に大学図書館内に設置。大学図書館が全学部のデジタルメソッドをサポートする組織として位置づけられた。
・デジタルメソッドを教えるコースの提供。例:zoom1時間半の「Sharing and archiving research data」
・学内のDH関連情報のハブ

○チューリッヒ大学司書によるワークショップ / 神谷信武(チューリッヒ大学司書) 
・日本学司書とともに、データcurator、DLS(Digital library space)の仕事も担当している。
・DLSでDHのためのワークショップを実施。動機は、DHについて誰でも気軽に話せる場がほしい、データマネジメントをプロジェクト初期段階からサポートしたい。「あそこで図書館の司書が一緒に考えてくれる」という場にしたい。
・参加者自体はおおむね0-2名程度で、初心者か経験者に二極化、準備が難しい

○「中村哲著述アーカイブ」への取り組み / 平野かおる(九州大学司書) 
・「中村哲先生の志を次世代に継承する九大プロジェクト」のうちのひとつが「中村哲著述アーカイブ」
・九州大学学術情報リポジトリQIR内に収録。独立アーカイブでは時間がかかってしまうが、既存リポジトリなので短期間で実現できた。
・学内他部署や、学外の中村氏関係者・関係団体との連携

○渋沢栄一記念財団情報資源センターにおけるデジタルリソースの活用について / 茂原暢(公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センター長) 
・デジタルリソースをもとにした人文情報学研究者との共同プロジェクト
・『渋沢栄一伝記資料』のデジタル化、47巻5万ページをテキストデータ化。これを国立歴史民族博物館(総合資料学)に提供(TEIのテキストデータ、画像はIIIF)し、「渋沢栄一ダイアリー」を構築した。
・日記資料のテキストデータについては、日付・時間情報や地名・人名をTEIでマークアップ、人物相関や地図上での可視化。

○日本の大学図書館における研究データの発信 / 高橋菜奈子(東京学芸大学司書)
・日本におけるオープンサイエンスは、オープンアクセスとオープンデータを含む概念、公的研究資金による研究成果のオープン化。研究データはそのエビデンス、という考え方
・図書館等によるデジタルアーカイブと研究者によるデジタルヒューマニティーズの、いわば分業体制、これを解く時期に来ているのでは

 以下、後半のディスカッションから、これも極私的に印象深かったものをメモ。

・受け手に差がある。学生の、できるできない、サポートを知ってる知らない、教員の興味関心、若手は関心は高いが、指導層にはそこまでではない、というギャップ。
・サービス提供機関から、研究のパートナーシップ、方法や手段の提供へ。
・研究データ管理とDHはわけて考えられてて、図書館がやるのは研究データ管理やデジタルアーカイブのほう。だが、実際には表裏一体の関係では。
・大学図書館員にも、深く関わることができる人材とそうではない人材がいる。リソースをどう分配するか、その主語は「図書館」ではないかもしれない。
・DA・研究データの整備提供と、方法手段の提供、そこからつながる研究へのサポート。それぞれで、研究ライフサイクルのいろいろな局面で図書館が関与できるのでは。
・DHによってこういう研究利用ができますという良さを見せる必要がある。例えばDAの学校教育での活用を意識して、そのためのメタデータを整備をする等。研究活用でも必要なデータの把握と整備がセットである必要がある。
・研究データを整備して置いておく、一方で、それによってこういうことができますよという事例を紹介する、その両方。
・メソドロジカルコモンズは、図書館にあるのでは。
・DHは「ゆるく」「ざっくり」という姿勢がいいのでは。
・DAとDHの距離感がまだ遠い、DAをやりつつ、DHに近づきたい。

●手応え感的なもの
 結論も落とし所も考えず、クロストーク自体を目的として進行したので、案の定議論は拡散気味になりましたが、おかげで種種様々な論点話題がいろんな立場から出て、ビュッフェみたいに好きなものをお持ち帰りいただけたらな、という感じです。
 と言いつつ、これも案の定時間はまったく足りず、「ギャップを可視化したい」というさほどたいそうでもないはずの所期意図もままならないような司会不調法で、ご登壇・ご協力くださった方への申し訳なさ含みという意味でも、第2回目をやるべき、やりたい、やりましょうよねと、ニーズもあるようだったし、当日チャットにも後日アンケートにもみなさん言いたいことがたくさんあったようなので、ですが、やるとしたらもう少し話題をしぼってやりましょうねという感じです。

 以上をひっくるめて、あらためて、感謝申し上げます。