東京~札幌ほぼ鈍行勝手旅・202411 - 2日目「会津さざえ堂に全振り」

■月曜(祝日)

 おはようございます。
 早朝の郡山駅です。
 チェーンホテルの朝一大行列朝食競争を、ごぼう抜きで飛び出し、駅までダッシュしてきました。

●郡山→会津若松

 この旅行は、基本的には東北本線を盛岡まで一本線なんですが、今日これから向かう会津若松については郡山から分岐で往復するのです。

 郡山発 06:52 → 会津若松着 08:08

 意外にも車内に人があまりおらず、祝日で通勤通学の人がいないということかしら、とか思っている。

 それでも猪苗代駅ではそれなりの人たちが降りていって、装いからして山に登るのかなと。

 沿線は霧に覆われてます。猪苗まっしろ、です。

 これが音に聞く会津磐梯山なのですね、お初です。
 スキー場がある面を見てるせいか、磐梯山って随分と虎刈りなんだなあ、という印象を持ったりしてました。
 それでも成層火山なだけあってさすがにどうどうとしてるし、周りに高い山があるわけでもないし、天気のおかげで青空に映える感じが、基本イケメンさんです。
 しかもどうやらいま乗ってる磐越西線が、磐梯山のふもとを北へ南へと蛇行するように進んで行くので、そのイケメンさんをいろんな角度から接写しつつぐるっとまわりこむ感じになってる。こうやってちがう方向からも拝めて、表情が変わっていくから、そういう山は人気出るんだろうなあと。

●会津若松


 8時過ぎ。
 会津若まっしろ、に到着。

 今旅の第1目的たる、さざえ堂@飯盛山へ向かうのですが。
 バスで行くべきか、レンタサイクルで行くべきか、徒歩で行くべきか問題が持ち上がります。
 レンタサイクルのつもりだったけど、朝早すぎてまだ営業してない。
 さざえ堂まで徒歩で行っても行けない距離では無いんだけど、そうするとその後の市内散策が明らかにしんどい。
 乗り放題パスによる市内循環バスがあるらしいから、乗ろうとするけど、便数が微妙に少なくてあまり自由が効かなさそうだし、祝日時刻で朝の便が無い(逆では?)。
 という逡巡を1時間近くうろうろだらだらしてた結果、結局レンタサイクルが営業開始する時間になってしまうという。
 会津若松・自転車旅です。

●飯盛山

 会津さざえ堂があるのは、会津若松市の飯盛山です。

 飯盛山はいわゆる白虎隊の自刃の地として知られるところで、ここから鶴ヶ城を見て、城の周囲から火や煙があがっているのを、城が陥落したと勘違いしたんだ、という話をうかがってます。
 実際に鶴ヶ城がどう見えるか、気になったのですが。

 ↑会津若まっしろ、霧に隠れつるヶ城、まだ見えない。

 ↑霧が晴れました、が、見えてる?

 ↑なるほど、これだけ遠ければなあ、という感じ。

 それはそれとして、そういう歴史的経緯から多くの人がお参りに訪れるスポットということなわけですが。

 ↑全体がこんな感じ。

 ↑山のそこここにさまざまの石碑や墓石があって、ぐるりとめぐり歩けるようになってる。

 ↑ムッソリーニから慰霊碑が寄贈されましたといって飾られている。

 ↑この石像のように眺めると、鶴ヶ城が見えます、というアクティビティ。
 幕末史跡というより昭和な観光スポットという感じがだんだんしてくる。

 ↑たいそうな音楽をかけながら、人が自刃するまでを演舞する。

 そうじて、歴史悲劇を演出しますというテーマパークな感じ。

●会津さざえ堂

 それはそれとして、メインのチェックポイント、会津さざえ堂です。

 会津さざえ堂とは。
 寛政の頃、1796年に建立された観音堂で、正式名称は「円通三匝堂」、もともとは西国三十三ヵ所の観音像をまつっていてここで全部お参りができるよ!というパターンのやつですね。で、六角形×3層の木造建築なんですが、その中身が二重らせんのスロープになっていて、上りと下りが一方通行になっている、あら不思議&参拝コンプリート、ていう。

 その昔、森ビルでおこなわれていた「建築の日本展」に、この会津さざえ堂の1/15模型(市内小学校所蔵とのこと)が出てたのを、建築よだれをだらだらたらしながら拝見してましたよ。

 ということで、堪能し尽くしの時間。

 ↑上から見下ろす。

 ↑横から



 ↑正面

 拝観券を購入すると、中を拝見できます。

 ↑上り。

 ↑最上層がこうなってて、下り側へ渡ります。

 ↑下り。

 ↑中心に柱があるのとその向こう側が見えるですが、行きしなと帰りしなとの三角コーンの位置の違いが、さざえ堂の幾何学的秘密を晒してますね。

 という感じで、気づけばたっぷり1時間ほど、3回くらいのぼりおりして、木造建築欲をたぷたぷに満たしてたのでした。ごちそうさまでした。

 こういう構図のも好き。
 (注:11月の福島でこの緑というのがこの年だったのだなあ)
 1時間おっても正直まだ足りなくて、後ろ髪を引かれまくっている。

●その他の会津若松

 egamiday氏のこの日の情熱は、さざえ堂ですべて枯渇しました。情熱を全振りしてました。
 というわけで、以降はすごろくのコマを点々と転々するようなふわっとした感じになります。

 とりあえずは自転車で市中(住宅地等)をぶらぶらしつつ、鶴ヶ城へ。

 さすがメインスポットだけあって、中は大盛況です。
 人混みの中をさくさく歩きます、ていうか、ごめんなさい、egamidayさんは建築好きではあるものの、お城についてはとんと食指が動かない界隈の人でした。

 なるほど、これが会津若松の眺望かあ、という感じ。

 なおも市中をふらふらしていると。

 会津市立会津図書館に行き当たりました。
 ちょうどこのとき、ホールでは地元中学生のビブリオバトル大会をやってて、最後の役所のお偉い人っぽい人の講評をやってるところでした。
 なんというか、若い世代の成長を阻害するのはジェネレーションギャップなんだな、という学びを得た

 歴史ある土地柄だけあって、会津若松の街中には開発や取り壊しの難を逃れた古い建築物が多くのこってるのでした。

 そのうちのひとつ、福西本店さんというところが、建物の中をじっくり見せていただけるところだったので、お邪魔してきました。

 福西本店
 https://www.fukunishi-honten.jp/

 この土地の豪商だった家で、いまの建物が大正くらいからのものだそうですが、しっかり磨き上げられ、かつ現役でギャラリー的にさまざま活用しておられるところが、吉、という感じ。

 

 入口で応対してくださった女性の方が、(これも)付かず離れずのちょうどいい距離感・情報量での解説をしてくださって、とてもありがたかったです。商家の人だな、という感じ。
 あと、結構な広々間取りだった。

 その他の近代建築たち。

 ↑いまはカフェという紀州屋ビル

 ↑ここを大町四ッ角といい、かつて町の中心だったとのこと。

 さっきから延々とフォトジェニックな建物が並び尽くしてるのですが、この通りが、大正浪漫の雰囲気のただようレトロなオシャレスポット、七日町通りとのこと。
 歩いて楽しい通りではあるんだけど、車の交通量が多いわりに道が狭く、歩道に使える幅が極少なもので、なかなか思うようにはぶら歩きを楽しめない、という感じ。もともとメインストリートだったんだろうからこその、この建築並びでありかつ交通量なんだろう、と思えば致し方ないのですが、かといって、拡幅できるような場所でもないし、難しいですね。

 そろそろ昼食時だし、郡山に戻る電車の時刻も気になってきたところで、レンタサイクルを返却しに駅まで戻り、ついでにいいお蕎麦やさんくらいは駅前にいくつかあるだろうと思って、駅の観光案内所に聞いてみたところで、いや最近閉店しちゃったのでいまはもう無い、と言われ、困ったなとネットで探したちょっと遠いところの店まで歩いてみたところが、祝日閉店で、結果、駅そばをずるずるすするので終わったという。
 初めての土地を上手に楽しむのは、やはりなかなか難しいものですね。

●郡山→仙台

会津若松発 13:30 → 郡山着 14:36
郡山発 14:41 → 福島着 15:26
福島発 15:43 → 仙台着 17:05

 そして電車に揺られ。
 今日も日が暮れようとしている…。

●仙台

 日が暮れた頃、仙台着。

 とりあえず行っておきたい”極私的図書館総合展”スポットがクローズ間近なので、またも駅前レンタサイクルを借り上げて、宵闇の仙台駅前を大急ぎで、施行されたばかりの法律を遵守しながら、走る。

 極私的図書館総合展・仙台編。
 その1、火星の庭。
 仙台のカフェ&古書店で、広さはさほどないんだけど、たぶんセレクトがぎゅっとしてるからなのか、ボリューム感というか満足感がひしひしする。残念ながらおうかがいできたのが閉店時刻直前だったので、カフェでお茶をいただくことは断念ですが、できれば人がいない時間帯に通いたい、セーフティな場所という印象です。

●せんだいメディアテーク

 極私的図書館総合展・仙台編。
 その2、せんだいメディアテーク。伊東豊雄。
 建物ができたばかりで話題の頃、いつかは行こうねと思ってて。
 震災のあとも、近いうちに行かなきゃねと思ってて。
 結果、開館から20年たってやっとこの建物を拝見することができました。
 といっても、20年建てば図書館の運営の在り方も建物の在り方も進行しているので、そっか、ここからこれ以降の年表が始まってるんだな、という元祖詣でをしてる感じになってる、ガラスまみれ感とか、メディア・イベント・スペースの、複合を越えた融け合い感とか、もう幾分見慣れてしまってるかのように見えて、実は、ていう。見慣れた感こそがその成果の証、的な。ティーンのアクティビティ的なスペースもあって、こういうのひとつあったらだいぶちがうよなと。
 ここも図書館閉館直前だったので、高速で全体を見て回ると、なるほど震災関連の蔵書の充実さが、肝の座ってる感じがする。震災というより、蔵書構築ってこうだよな、という思いを新たにするのです。

 もうひとつ見たかったのが「わすれン」、3月11日をわすれないためにセンターで、震災資料ということ、地域のアーカイブであること、住民参加型、オーラルヒストリー、マルチメディア、リアルなスペース&リアルな展示の常設と、あれもこれも重要な要素が結実したようなところで、しかもこのスペースは図書館閉館後もオープンな場所というかたちにしてくれてあるので、比較的ゆっくり拝見してました。映像ディスプレイみたいのがあってそれは閉館のタイミングかなんかで消されてるっぽかったのですが、なんとなく見てると、スタッフの人が「消しちゃっててごめんなさい」みたいに声かけてくださって、それで思ったのが、リアルな場所と物があることこそが「忘れん」ためには大事なんだな、と。消えてるディスプレイが現物として存在してるから、消えてる、忘れちゃダメだ、と思えるけど、バーチャルなコンテンツだったらふわっと埋もれて忘れていきかねない気がする。その大小は関係なくていいから、石にかじりついてでも、リアルな場所、リアルなモノを、現にそこに存在させておくということの「忘れん」的な意味、みたいなことを思たです。

 メディアテーク内のギャラリー展示では「地域とアヴァンギャルドー戦後前衛芸術の聖地/仙台市太白区太子堂」という展示をやってたのですが、これは久々にシビれました、地域資料の展示ではあるけどこれは全国巡回展示してほしい。糸井貫二という人を不勉強で存じませんでしたが、「殺すな」の路上パフォーマンスもさることながら、解体前の自宅内部の詳細な写真とか、そこでみつかったという本人のメモとか、その地域のこれまでがわかる文書類とか。個人と地域と政治と芸術が、これもモノとして現前とある(あった)様子を拝見できました。一番長時間いた。

●ビール@仙台

 安い牛タンの夕食をカンタンに済ませて(註:牛タンにさほど魅力感じてない界隈)、仙台のビール/ビール処を探さなければと、わりとがんばってみました。
 何やら街中で醸造してるというビジネス感の高そうなビール処があったんだけど、閉店日だった、オフィス街っぽい立地で祝日閉店ということは、そういうことかという感じで、スルー。ほかに、スパイスカレーとクラフトビールの店というのがあったのですが、行ってみるとそこも閉まってる。あれ、もしかして夜早い系の土地柄?

1時間ほどさまよって見つけたお店。

Apéro and co.
https://tabelog.com/miyagi/A0401/A040101/4027712/

 Teenage Brewingという(なんちゅう名前)埼玉のブルワリーの「Entropy」(https://shop.teenage.jp/items/92810450)で、一番好きなパターンのhazy IPAをいただけたので、トータルで今日も勝利でした。
 しゃべり好きの常連さんと、人なつっこくて応対上手の店主さんのおかげで、ついつい旅程についていろいろしゃべってた、そりゃ珍しがられる。数々のよそのお店が閉まってくれてたおかげで、仙台で通いたいクラフトビールのお店に出会えたなと。

 大内のネギそばは、またいつか。

東京~札幌ほぼ鈍行勝手旅・202411 - 1日目「餃子と言えば郡山」

 2024年11月、鉄道で東北・北海道あたりを旅行してきた時の想い出メモのようなものです。

 きっかけとしては、木曜日に札幌で用事ができた、その前の日曜日に東京での予定があった、だったら京都との単純な2往復よりも、東京~札幌間を日~水で移動することにすれば、ちびちび途中下車の鉄道旅行ができるではないか!という、生来の18キップ根性があらわれたことによります。
 東北にはほぼ縁のない身でしたが、行ってみたい東北のスポットはいくつもGoogleマップにマーキングしており、その中でもナポリや日光レベルで極私的マスト候補地が、
 ・会津若松のさざえ堂
 ・平泉の中尊寺金色堂
 この2カ所をメインのチェックポイントとして、あとは鈍行乗車券のみで途中下車を繰り返し、最終的には札幌をめざし、陸路でちゃんと札幌まで行けることを自己満足的に証明しよう、という謎企画です。

 目論んでいた主な旅程は以下の通り。

———————————
日曜
 ・佐倉で歴博展示
 ・東京で観劇
 ・鈍行で東京~郡山
月曜
 ・会津若松でさざえ堂
 ・鈍行で郡山~仙台
 ・仙台でせんだいメディアテーク
火曜
 ・鈍行で仙台~盛岡
 ・平泉で中尊寺金色堂
 ・紫波でオガール紫波
水曜
 ・第3セクタで盛岡~青森
 ・北海道新幹線で青森~函館
 ・特急北斗で札幌
———————————

■日曜

●国立歴史民俗博物館@佐倉

 始発で京都を出て、最大限早く佐倉に着くようにがんばった結果。

 10時前、歴博に着。

 ↑そう、これに来た。

 「歴史の未来―過去を伝えるひと・もの・データ―」
 https://www.rekihaku.ac.jp/event/2024_exhibitions_kikaku_mirai.html

 歴史的にもDH的にもメディア的にも、充分すぎるほど気になるお話だったので、これはぜひと思って見に来ました。
 歴博さんはかつて海外出張の帰りに成田から立ち寄った際、まったく時間が足りないボリューム施設なんだということを思い知らされたので、かなり身構えてはいたのですが、企画展は常設展ほどではないんだな(ていうか常設展が桁違いにデカくて、アナログツインかなと思った)ということで破綻せずには済みました。それでももちろん、たっぷりの企画展で2時間フルに堪能した感じ。
 歴博設置当時の議論が文書でちゃんとのこってるあたりが、うちとこはこれが弱いんだよなあとこれも思い知らされ、この件も含めて、帰ったら実践にうつるべきという思いを新たにしたりしてました。

 このあと、東京に急いで戻る。
 11月なのにとにかく暑い。そして昼食も、時間がないからベンチでおにぎりだけ食べてて、なかなか旅情が感じられない。

●シベリア少女鉄道『君がくれたラブストーリー2024』@赤坂

 大好物の劇団の、この世の中にある会話劇の中でもっとも最高の作品だと思ってるのの、再演を奇跡的にやるというので、やってきました。
 やっぱり最高でした。
 シベ少さんは、何がどう面白いかを言葉にしようとすると漏れなくネタバレになる、という非常なやっかいさで、今回もやっかいなので、私からは以上です。ただ、「最高」とだけ。

 いったん東京駅まで出て、いよいよここから鈍行での北上旅が始まるということで、まずは第3セクタ手前の盛岡駅までの乗車券(註:最終的にこの買い方がリーズナブルなのかどうかは不明ですが、大人なのでもうあまり気にせず買っちゃう)を買おうとするのですが、券売機で買おうとしてもまあもちろんうまくいかないだろうことはわかってたので、みどりの窓口で対面で乗車券を買います。
 「盛岡まで乗車券のみで」と対面でお願いしたところ、窓口さんははいはいと軽快に機械を操作するのですが、2拍ほど置いてふと「……特急券はすでにお持ちということなんですよね?」と問われるので、ああちがいます、鈍行で行くつもりなんです、と説明して事なきを得るという感じ。だから対面・対話も大事やねん。

●HUMANITIES CAFE fudoki

 東京発 15:59 → 大宮着 16:31

 というわけで、いざゆかん、Go North、とばかりに颯爽と宇都宮行きに乗り込み、しかしこのまま行くとあまりにも順調過ぎるな、もうちょっとどっか寄り道できるとかないかな、と色気が出てきて、こういうときのために使ってたのがGoogleマップで、日々いろんな情報に触れる中で、なんか興味をひいた場所があったら、行くあても行く予定も縁もゆかりもまったくなかったとしてもダメ元でGoogleマップに★マークで保存しておいて、のちのちもしかしてフラッと近くを通りすがったときに、あ、これってこのへんなんだ、って立ち寄れるようにしておく、そういう★マークが海外込みで1000近くあるんですが(だからマップ上が非常に五月蠅い)、そういうところがもしかしてないかなあ、と列車内でゆられながらGoogleマップをふんわり開いてみると、なにやら次の停車駅辺りに付いてる★がひとつ、マイケル・サンデルかのようにいまにもぶつかりそうな勢いでグングン近づいてきてるので、え、これなんだろう?と見てみたら。

 HUMANITIES CAFE fudoki
 https://tabelog.com/saitama/A1101/A110101/11060739/

 いつか行くべしと思ってた人文学カフェが、え、あれって大宮にあるんだ、ていうかもうすぐそこじゃないですか、あ、降ります降ります。
 つって、急遽大宮駅で降りる。


 fudokiさんは、歴史研究者の人が人文学のアウトリーチ的な感じでカフェをやってらっしゃるお店で、自分もまったくの同意見だったので、いつか絶対行かなきゃと思ってたそのいつかが突如実現して気持ち的にはあたふたしてたのですが、慌ただしく過ぎ去りそうだった旅行一日目のつかれを原義通りほっこりさせてくれるような、ありがたい空間でした。白一色なのが、邪念が無くてなおありがたい。しばらくまったりしてた。
 食事は宇都宮でと思ってたので、ドリンクだけいただいてましたが、本来は食事をいただくべきところ、寄進ついでの食いっぱぐれ予防にクッキーをいただきました。

 関東には疎いのですが、埼玉の歴史風景ってこんな感じなんだなと、思った。
 お会計の時に、「ご旅行ですか」と言われた。よくわかったなと思いかけたけど、時刻表を広げて東北本線のダイヤとにらめっこしてたから、そりゃそう言われるな。
 ほんとに夕食処にするべきでしたが、先を急ぐ旅なので今回は見送りました。東京駅から30分で来れることがわかったし、よさげなお料理のメニューだったので、次は食事目的に来る。

 …と思ったら、大宮駅発・宇都宮行きの次の便がdelayだった。えー、じゃあご飯食べていきゃよかった。

●大宮→郡山

 大宮発 17:13 → 古河着 17:50? (delay)
 古河発 17:56 → 宇都宮 18:44? (delay)

 19時前頃に、宇都宮駅着。

 当初ここに泊まる案もなくはなかったのですが、日光への拠点のためかまったく宿がないor無駄にお高いので、じゃあせっかくなのでここで夕食に餃子でも食べてから先へ行こう、という心づもりで食べログをぽちぽちしてたのですが。
 まったくダメです、宇都宮で餃子を食べることなど夢のまた夢なのだということがわかりました。
 どの店もこの店もとにかくすごい行列で、並んでたらいつ終わるかわかんない、次の電車にも乗らないとなので、さくっと行ける簡単な店があればと思ってたけど、そんな店はどうやらない、と。
 ていうか、そもそも閉店時間が早めなところも多い。冷静に考えたら、餃子なんか仕込み個数がはけたら仕舞いにするしかないしな、と。
 というわけで、昼過ぎ頃からすっかり餃子の口になってたのを、恨みつらみながら断念し、すごすごと次の電車に乗るのでした。

 宇都宮発 19:20 → 黒磯着 20:13
 黒磯発 20:42 → 新白河着 21:05
 新白河発 21:31 → 郡山着 22:11

 宇都宮から東北本線をさらに北上していきます。
 どのあたりからだったかは覚えがないのですが、ドアがボタン開閉式になったり。
 黒磯から先、みちのくに足を踏み入れ。
 何度かの乗り換えをし、乗り換え駅が郊外型新幹線駅なもので待ち時間にまったく何もすることがないとか。
 そんなこんなで揺られ続け、さすがに飽きが来てしんどくなってきたかなという頃合いで。

 郡山に到着。
 今日はこのくらいにしといたるわ、という感じで、駅前のチェーン系ビジネスホテルにイン。

●餃子バル@郡山

 すっかり餃子の口になっており、これどうにかならんか、宇都宮の仇を郡山で討つべし、と食べログをガシガシ漁っていたところ、郡山の街中に結構遅くまで開いていて、かつ”餃子バル”を銘打ってるお店を見つけたのです。

 もぐら
 https://tabelog.com/fukushima/A0702/A070201/7012213/ 

 ふわっと入ってみると。
 ものすごく落ち着いた雰囲気で、しみじみと一人になれる、通い倒したい居心地の良さ。
 で、もちろん美味い。

 ビールはSORACHI、わかってらっしゃる。

 お通しがちゃんと美味い、素通しできない。

 餃子が、シンプルから変わり種まで豊富な味ごのみのため、選びかねつ、6種類ある盛り合わせセットを。
 うめ、しそ、まめ、生姜、チーズ、まるごとにんにく。
 もちろん羽根まで美味い、オシャレ羽根なだけじゃない。

 つかずはなれずでゆるく話しかけてくれる店主さんと、ちょうどいいくらいにぽつりぽつり会話してたら、最後にサービスで福島のいかにんじんを出してくだったのでした。

 いかにんじん、知識として存じ上げてるだけで初めていただいたんですが、にんじんが想像以上にパリパリの歯ごたえで、えぐみもなく、たいへんおいしうございました。今年初めてつくった、って言ってらして、季節ものなんだー、と思った。

 あとは、人気の無い夜の通りを宿まで歩いたのと、早朝に駅までダッシュしただけなので、郡山がどういう街なのかはわかりませんが、極私的には「餃子の美味い街」として想い出となるでしょう。

「図書館情報資源論」を考えるシリーズ(2): 一科目の授業の中に体系性は必要か必要でないか

 この科目の組み立てのことを考えていて、ふと、標題の問いが思い浮かんだのでなんとなく考えてみたことメモ。

 いろいろ見てたらいろんな人がいるみたいで、そんなの必要ないよ好きにやればいい、という人ももちろんいるだろうし、実際自由にやるなり学問の楽しさを実践してみせたりというやり方もあるだろうと思うし、一方それを受ける学生側にしてみたら裏構造のような体系性のことなんか関係ないだろう、という考え方もできるかとは思います。
 思うんですが、ただ、自分が受講する側の頃によく抱いてた感想が、あれ、この話別の科目の授業で同じこと言ってたなとか、矛盾してないかなとか、またこれやるのか重複してないかなとか、それが大事だから重複というよりは単に重複してるだけだろうとか、要は、科目と科目の間のすりあわせってどうなってるんだろう、という。もちろん、それが重要だから重複してるだけでなく。授業の設計は講師の裁量という原則なり、実務上すり合わせなんてできないということはわかるし、実際自分でもそうなんだけど、だとしても、なんというかな、受講していて、この人って自分のデスクトップだけ見て話してないかな、という印象を受けることも正直まあまああって、そうなるとなんか興醒めするし、逆に話すときにはそう思わせたらアウトだなと気をつけるようにはしてます、できるだけ、ていう。

 ひとつの科目の中を解剖してみると、理論的な柱やそれを細かく支える根の束とそこから伸びる枝葉、というのがあるとして、それだけでなく、ふわふわとまとわりついたり合間を満たす事例実践や応用派生というのが充満してくれてる。という感じなんだけど、理論の柱もふわふわの雲のほうも、その科目内で単独で存立してるわけではなくて、ここでは司書資格の科目のことで言うと、他の科目との関係とつながりの中でひとつの構造物を築き上げてるわけなので、他科目とのあいだには棲み分けや接続やなんやが当然あるわけだから、一科目だけスクショで切り取って見てみてもそこにはなんらかの体系性は認められるんでしょう。

 なんだけどそういう話だけではなくて、切り取った科目にしろ、複数科目で築いている構造物にしろ、その外側にはなんらかの世界があって、その世界の中で存在しているし、世界と繋がってるはずだよなと。
 司書科目を前提にして考えると、一科目も課程全体も、実務と接続するだけでなく、その先の社会全体と接続しているし、また一方で、その学問分野全体と接続し、ひいては科学全体と接続している、はずだし、そうじゃないとなんのためにやってんだっていう話になっちゃいますよね。

 あたしの講義中の口ぐせのひとつで、「何のためにこの話をしてるかと言うと」、というのがあります。
 単におもろいから、とか、教科書に乗ってるからとか、規則や常識だから、とかじゃないんですよと。これが、実務の、というか社会の、科学全体の、どういうところにどう接続していてどう影響することになるから、だから理解して貰う必要があって話してるんですよ、と。
 受講する側の時間とコストという財産を部分的にも譲り渡されてる以上、あるいは自分だって別に対して割に合わないもののコストをかけてそういことをやってる以上、それがおもろいからだけや決まりだからだけでは、聞かせてるほうには申し訳ないし、しゃべってるほうも虚しいだけだなと。世界社会とこういうふうに接続しているということを、のべつまくなしに言い募るわけではないにしろ、いつでも保証できるようにしとかなきゃな、と。製造責任的ないみで。
 まあだいたい、世界と同接続するかがわかってなきゃ、ほんとうの意味でのおもしろみもないだろう、と思うわけですが。

 そういう、世界社会との接続を保証しながら話そうとするなら、体系を意識しないと、と思うので、一科目内の体系性というのはやっぱいるんじゃないかな、と思ったわけです。
 自宅から世界に出ていこうというときに、まず在来線や国内線に乗ることをわかってないと、国際線には乗れないからなあ、と。
 もちろん、タクシーや高速バスで直に国際線に乗りに行けばいいという人や、そんなことすら考えずバックパック担いで部屋を飛び出す人もいるように、体系なんか考えなくたって世界と接続できるし受講者にもそれを伝えられるよというやり方の人もいると思うんで、それはそれでいいとは思うんですが、まあ、あたしはそれだと座りが悪いというか、接続を保証できてない気がして、どうしても意識もするし理解もしてもらうようにしてる、という感じです。

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