越智幸生『小心者の海外一人旅 : 僕のヨーロッパ放浪日記』(#egamidayの貸棚書店)

 越智幸生. 『小心者の海外一人旅 : 僕のヨーロッパ放浪日記』(PHP文庫). PHP研究所, 1997.

 本の好きな人なら、旅行先に本を携えて行くということはよくあると思います。海外へ必ず持っていく本が2冊あるんですが、そのうちの1冊です。
 職探し中の自称”小心者”の著者が、なぜか初の海外旅行を思い立ち、しかも小心者で初心者なのにツアーとかではなく、自分ですべて手配し宿も現地で探すタイプのやつ、ヨーロッパ周遊全26日間という。それをわけもわからず試行錯誤で準備し、いや、しきれず、言葉も通じず情報もなく容量もなく、行く先々でトラブったりビクビクしたり人目を気にしたり、それでもふりしぼってホテルや店舗やでなんとかしようと悪戦苦闘する、何度も何度も(彼にとっては)清水の舞台から飛び降りようとする様。結果、うまくいったり、うまくいかなかったり、うまくいったのかいかなかったのかすらよくわかんなかったり、最終的にふわっとあきらめたり、苦行を強いられたりする。そういうことを繰り返しながら歩みを進めていく。ああそうそう、旅行ってそういうことを経験したくてほんとは行くんだよな、という、読む度に旅の醍醐味を思い出させてくれるのが、本書の魅力のひとつ。
 そして、そんな著者の眼から描かれる旅行記ですから、名所観光地の感動というようりは、町の人が何をしてる、何を言ってる、どういう習慣の中でどういう暮らしをしている、という話がほとんどで、スーパーのシステムが珍しかったホテルのおっさんが変なこと言ってたたむろしてる若者が怖かった、そういう”非日常な日常”を活き活きと味わえる、というより著者が味わっている様子を味わえる、という。自身の描いた雑な挿絵イラストが、またリアル日常で味わい深いです。
 しかも1997年刊ですから、ユーロもないし携帯もインターネットもない、クレジットカードも持ってない。よう行ったなこれ、ていうかたぶん”小心者”で”初心者”じゃなかったらむしろ行けないやつなんだろうな、という意味で、なんだろう、読んでてうらやましくてたまらなくなることがしばしばです。
 これを、ヨーロッパに行くたびに持参して(早くから自炊スキャン済みでいつでもiPhoneで読めるようにしてある)、ある種のお守り代わりにしてます。何度も読んでますが、いつ読んでも飽きない、たぶん文章力や着眼点もすごい。なんなら、ひとしきり旅行し終わった帰りの飛行機の中で、うっかり読みふけってしまって、すぐにでももう一回行きたくなる、それくらいの”旅に出させろ”力の高いアルファな紀行文です。

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米山俊直『祇園祭 : 都市人類学ことはじめ』(#egamidayの貸棚書店)

 米山俊直. 『祇園祭 : 都市人類学ことはじめ』(中公新書363). 中央公論社, 1974.

 祇園祭が始まってます。関連書籍をどれか1冊推すとしたら、まちがいなくこれです。

 祇園祭はいろいろに語られると思います、歴史的な側面だけでなく、宗教儀式として、観光経済、芸術品や文化財云々あると思いますが、極私的にもっとも魅力を感じているのが主にこの本に書いてあるような視点から、です。
 町や建物がどう変わってるかとか。人の会話がどうや、露店はどうやとか。何日の何時に誰がどこでどうしたとか。町衆は、よそ者は、観光は、企業は、報道は、とか。神事にしたってトラックがどうアーケードがどう修理がどうとか。
 祇園祭という、言ってみれば実態の無いでっかい概念のようなものをめぐって、人が動き、コミュニティが動き、都市が社会が動くっていうの、なんかもう壮大なアドリブ劇場かなんかかなって思います。
 それだけでなく、本書に描かれているのはいまからちょうど50年前の祇園祭であり、京都の人々の営みである、というあたりもまた良いです。その頃といまと、何が同じで、何が違うのか。さらにいえば、大学の文化人類学・フィールドワーク授業の様子を描いたものでもあり、それはいまと比べてどうなのか。50年前の若者は、50年前の年輩者からどう見えていたのか。そういう人々の日常感、祇園祭だから非日常のはずですが、観察と描き方がライブ感たっぷりなのでむしろ日常感を感じてしまうという、そういう「50年前に書かれたブログ」を読んでるかのような文章もまた、本書の魅力だと思います。
 これ読んだら、そりゃ、祇園祭おもろい!と思いますよ、「今の京都を生きている祭り」ですから。少なくともこれを読んだ90年代の私は、20年代にも変わらずそう思ってます。

参照:
祇園祭 : 都市人類学ことはじめ | CiNii Research
https://cir.nii.ac.jp/crid/1130000797219035776

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和田敦彦『「大東亜」の読書編成 : 思想戦と日本語書物の流通』(#egamidayの貸棚書店)

 和田敦彦. 『「大東亜」の読書編成 : 思想戦と日本語書物の流通』. ひつじ書房, 2022.
 https://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/ISBN978-4-8234-1129-8.htm

 “読書”の顔をしてやってくる者が、実際は何者なのか。

 本というメディアの魅力は、国境や時代をこえてひろがり、その言葉が読者に届く、というところにあります。ただ、その作用はプラスなだけということもないわけです。
 太平洋戦争・「大東亜」の頃に、日本国民への文化統制と、国外への喧伝・文化工作がどのようにおこなわれていったのか。それを、”読書””蔵書”そして”文学”から読み解こうとするのが本書です。著者は、同じく蔵書の構成や流通から北米における日本のひろがりを『書物の日米関係』で描いた、早稲田大学の和田敦彦さんで、今回はその焦点を大東亜の頃の日本と東南アジアに移しています。
 たとえば当時創刊された「東亜文化圏」という雑誌が、東南アジアへ文化工作を実践しようとしとしたその企図、経緯、そして結論のようなもの。あるいはベトナムとインドネシアにのこされた日本語の蔵書と、その構成の差から垣間見える目論見の違い。そして講談は何を喧伝するのか、南京大虐殺事件を描いた小説はなぜ届かなかったのか、等。9章の様々なトピックがかわるがわる提示されて、全体で壮大な大河のようになってるので、テンポ良く読めるうえに読み応えがある、という感じです。

参照:
《書評》和田敦彦著『「大東亜」の読書編成:思想戦と日本語書物の流通』 https://www.jstage.jst.go.jp/article/toshokankai/74/5/74_285/_article/-char/ja/

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